2021年4月26日月曜日

書きたいことが沢山ある

  東京では3回目の非常事態宣言となった。非常事態というのは読んで字のごとくであって、そう簡単にしょっちゅうあったのでは困るし、オオカミに食べられた少年のようになってしまう。だからあまり緊張感がない。慣れっこになってしまう非常事態宣言ではあまり期待は持てない。コロナのワクチンにしても2回打つという話は聞いているけれど、なぜ2回なのか、2回打てばもう必要ないのかなどアナウンスが不親切である。もしかしたら私たちが人体実験に利用されているのか疑ってしまう。世界的に必要なワクチンである。莫大な資金が必要であるから小さな国や貧困が激しい国などはワクチンを国で買うなどのことは大変難しいだろう。先進国などはいち早く連携をとってワクチンを確保している。中国でワクチンが余っていると聞くがマッチポンプみたいな話だ。オリンピックと同じように、これも政治家がらみで大きな金が動いているのだろう。なぜオリンピックをやらなければならないのか誰もが不審に思っているはずだ。無観客の話が出ているくらいだから観客のためだとは思えない。それならアスリートの為なのかというならば、それだけならば今年中にオリンピックをやらなくても来年に延ばしてもいいではないか。誰がどうしてもやらなければならなければならないと言っているのか、その糸を手繰っていくと世界的な経済マフィアに行きつくのではないか。世界がコロナに参っているときに、選手が可哀そうだなどの情けは不要だろう。

 



2021年4月23日金曜日

賑やかになった幼稚園

  年少さんも加わりとても賑やかになった幼稚園。コロナのことなど何かを感じて過ごしている子どもはいない。なるべくなら家庭にあってもコロナのことで子供を恐怖に陥れない方がよい。今子どもの脳の中に刷り込まれたものは、やがて大きくなって些細なことでも怯えるようになってしまう。慎重になるのは決して悪いことではないけれど、度を過ぎると臆病になって何でもないようなことにも手を出したがらなくなる。新しいことに憶病になると、物事を探求する力が弱くなる。

 子どもたちには気温などは関係なくしたいことをしているようだ。それほど暖かくもなく肌寒いようなときにでも水場を探して水と戯れる。「今日はもう3回も取り替えました」と言っていた保育者がいた。あおば台には滝のように上から水が流れてくる場所があるので、そこでもキャッキャッして楽しんでいる。初めてのお弁当というのもあった。お弁当を開けると自慢そうに「先生見て!」と言ってにこにこしている。この時期にお弁当の経験があることはいいことだ。毎日だと子供たちは嬉しいのだけれども保護者が参ってしまうようだ。母親とのつながりはお弁当の時にある。それぞれにどのような思いでお弁当のふたを開けるのだろうか。また幼稚園では園バスがあって帰りの時間になると、カバンの中に自分のものを入れるのが大変だ。担任だけではできないのでフリーの先生にお願いをして何人かでやる。1学期中は何かとクラスの中は忙しい。それがまた楽しいのが幼稚園というところではあるけれど。

 私も最近コロナのこともあってか年を取ってきたことを自覚するようになった。事業は続けられるところは続け、続けられないところは私が元気なうちに幕引きををしなければならないだろう。誰かが必ず継承していけるだろうという当てもない不確かな根拠で持って事業を拡大してしまったというのが大きな失敗である。よく考えてみると、人生失敗談の方がなんと多いものか。少し考えてみただけでも赤面するほどの失敗がある。その積み重ねが私の人生であるけれど。あれもこれもみんな成功談ばかりだなんていうのは、渋沢栄一ぐらいなものだ。

 

2021年4月13日火曜日

新しいお友達

  入園式が終わって今日から新しいお友達が来園している。広い園庭で手足をいっぱい伸ばして走り回るのもいい。あおば台には人口の川がある。早速水の中にダイブして遊んでいる子もいる。それは初めて幼稚園に来た子で、在園していた年中さんや年長さんはやらない。なぜ子どもは水の中が好きなのだろうか。もっとも昔から水と砂と太陽は子どものものだなどと言っていた人がいた。とても賑やかになって、幼稚園がまさに幼稚園らしくなってきた。子どもたちがここで好きなように自分の場所を見つけて、安心して自由に飛び回ってくれたらいい。それこそが幼稚園が幼稚園として発揮できることだから。

 年寄りにワクチンが回ってくるらしいけれど、まだ私のところへは何の便りもない。昨日から年寄りにというおふれだから、あと1か月ぐらいたたなければ現実化しないのだろう。このワクチンについてアストラゼネカという会社のワクチンは死者が出たという。他の2から3のメーカーも大丈夫なのだろうか。本来治験などというのは、何年間かの結果をもって製薬会社やそれに値する販売会社が世間に納得させてから販売するというのが一般的だが、今回はちょっと早すぎる。製薬会社を選定しているのもWHOだけれど、このWHOに資金を提供しているのがあのビル・ゲイツだ。

2021年4月7日水曜日

幼稚園が始まった

  入園式はまだやってないけれど、今日が始業日で卒園した年長さんを除いて全員が登園してきた。始業式を終了した後しばらくの間園庭を覗いていたり、砂場での子どもたちの会話を聞いていた。子どもたちの会話は明瞭には聞こえなかったけれども、言葉に力があるし雰囲気に熱を感じる。子どもの世界というか相対する会話に勢いがあって、たじろいだり否定的なものを感じることはない。いつでも前を向いていて強引なまでも積極的である。何といっても整然とはしていないがざわついているような中にあっても、永遠のエネルギーを感じることができることが素晴らしいではないか。

 ついこの前まで年中さんだった子たちが、しっかりと年長になるという意識をもってホールに並んで座っている様子を見ただけで彼らの思いが強く伝わってきた。この子たちのそういった意識がこの幼稚園を作ってきたのだということを強く感じる。また明日から幼稚園の生活が始まる。いろんなことを経験し、子どもたちの心に刻んで大人になるための糧にしてほしいものだ。

2021年3月31日水曜日

3月も今日で最後

  コロナ騒動は早くも1年を過ぎ、昨年の今頃は日本中が非常事態宣言に入って、疲れ果てた総理は菅官房長官にバトンタッチをして早々にコロナの現場から退散してしまった。このコロナは簡単には収まらないことを察知していたのだろうか。最初は中国武漢から感染者が出たということが大々的に報じられていたのに、時間とともにその話は消え去っていってしまってWHOが査察に入っても中国当局が取り仕切っていてうまく査察ができないでいる。そんな状況であったにもかかわらず、WHOの中間発表があった。その内容は中国当局の意に沿ったものであったという。ばかばかしい話だが国連などない方がよいのではないか。

 国連は無力であるということを知りながら、いつでも国連を頼りにしている日本。国連への主張などをしたりしても簡単に弾き飛ばされてしまう日本なのに、国連を維持する資金は参加国の中でも上位にいる。国連の事務員などの給料は大名並と言われている。国連を信頼できる組織にする重しになる国がないというのもおかしな話だ。ドイツと日本に対して敵国条項がまだ生きているのに、そして正義が行われない組織なのになぜ国連を頼っているのか凡人には分からない。国際組織というのは多かれ少なかれ腐敗の巣窟であると言われている。コロナ禍の中でもオリンピックをやり通そうというのにも組織の何らかの力が働いている。スポーツマンシップは当人たちだけの話で、組織は全く別の話だ。

 ところで安倍内閣が誕生したとき、なんとしてもこのデフレを克服するというのが最大のスローガンであった。そして3本の他矢の話をし一の矢、二の矢とか事細かく経済の立ち行く姿を解説していた。あれから10年近くなるのにこの現況をどのように解説するのだろうか。デフレを克服すると言いながら消費税を上げてしまったのはなぜなのか。消費を拡大しなければならない時に、冷や水を浴びせるような政策を進言した政府の経済顧問の罪は大きい。今からでも消費税を5%に落とし消費を拡大することをしなければこのまま日本の経済はしぼんでしまう。国民を幸せにする方法をよく考えて実行してほしいものだ。それについて国民はついていく。

2021年3月30日火曜日

程度が低くなった日本の官僚

  安倍さんの長く続いた政権が官僚を腐敗させた。それ以前は少なくとも政治家に媚を売り、あからさまに、国会で忖度した答弁はなかった。森友問題で国民を敵に回した官僚が平然として生きていかれるような見下げた国にしてしまった安倍政権。それを官房長官として傍らで見ていた菅さんが政権を引き継いだ。日本の国はよくならない。菅さんに至っては我が息子を総務省に引き合わせ、放送の利権の強い官僚と引き合わせている。そして菅総理いわく「息子と私は別人格だから」問題ないと言いたいのだろうか。そんなバカな話を堂々と言ってのけてしまうところにどうにもならない腐った人物像が垣間見える。一点のやましいところは全然ないと言ってお天道さまに申し訳が立つのだろうか。

 自民党が悪いのではなく、本人たちが悪いのだ。時代劇の映画に出れば極悪非道な人間でさらし首になってもおかしくはない。悪代官ばかりではないか。それらをさらし首にするのは自民党から出てこなくてはならないのに、彼らもまた国民の幸せを願う前に、大臣になりたい寄らば大樹の陰みたいのがうようよしている。だからと言って野党の皆さんに政権を取られたりしたら、それこそ国民を不幸のどん底にたたきつけることになる。聖人君子でなくても普通の羞恥心を持ってもらいたいものだ。ミャンマーのように命がけで普通の国にしようとしている人もいるというのに、日本の国の政治家はいったいどうなっているのだ。

 幼稚園では毎日のように預かり保育で園庭は子どもたちでいっぱいである。子どもたちの世界は子どもたちだけで成り立っている。鬼ごっこするのも、砂遊びをしていても、きちんと組織建て出来ているのだ。見ているととても楽しそうだ。保育者は3学期の実践記録の読み合わせで、どんな保育をしてきたのかを検討している。みんなよく書けていて保育がとても充実している。ありがたいものだ。

2021年3月25日木曜日

もう春休み

 今日からオリンピックのトーチが全国を回ることになっているが、果たして開催できるのか。日本ではやることになっていて盛り上がってもいない世論を懸命に盛り上げようと関係者が頑張っているようだ。いくら日本が「やる」と言っても、地球上のどれだけの国が参加することができるのか疑問である。ワクチンが地球上に出回って、国民が安心して飛行機に乗れる状態でないと、「やる」といった声だけが取り残されて虚しさだけが残るような結果になりはしないか危惧する。

森さんを組織の会長から何としても引きずり下ろしたいグループが、森会長の首を取ったように感じられるが、森さんと新しくなった橋本会長とは一枚岩である。橋本さんが参議院議員になった時の経緯を知っている人ならば橋本さんの後ろ盾には森さんがいることぐらい理解できるはずだ。もっとも森さんの人脈を残しておきたいといったところから考えると、ベストの人選かもしれない。

それはさておき、米国と中国が2x2の会談をアラスカだかカナダで行ったが、その時の実況をニュースで見たけれども、かなり激しいやり取りであった。中国はコロナウイルスで世界が疲弊したころに米国と会談をし、まったく後には引かないかなり強気の姿勢であった。中国が米国と同格かそれ以上と思った時に会談の火花は本物になっていくだろう。中華思想とは世界の覇権を中国が握るということだから、日本はどうすればよいのか。尖閣諸島どころではない沖縄まで中国の領土にされかねない。10年以内に大きな軍事的な衝突が起こる気がする。日本は戦わずして中国に屈服するかもしれない。憲法第9条第2項を削除して、日本が他国に攻められた時には相応の反撃をすることを明記して、しっかりとした日本の気概を示さなければならないだろう。そうでなければ子どもたちに何と説明するのか。日本男児は戦いを好まなかったからこうなったのだと後世に言い残すのか。他国に従属し奴隷のような姿を子どもたちに残してよいわけはない。とは言え現在の外交は殆どが米国に従属しているけれど。

能登半島

   能登半島でM7の巨大地震があるなんて夢想だにしなかった。正月に「昨日と同じ朝が来る」なんて不謹慎なことをかいてしまった。まさかそのあとで能登半島に大きな地震が来るなんて悔やみきれない。今日時点で死者数が202人となった。行方不明者がその200人を超えている。これからまだまだ...