2018年8月23日木曜日

トレンドだといっても

これからの幼児教育のトレンドだといわれても私にとっては波高しだ。保育内容が全く変わってしまうということではないけれど、行政側は幼児を持つ親に対して半ば強制的に社会復帰だと称して働きに出したいらしい。家の中で幼児と共にゆったりと子育てをすることが許されないらしい。幼稚園や保育所に通わされている保護者に対しても「その間は暇なんだから働きに出てはどうだ」と言わんばかりだ。行政がやさしくない。全日の連合会で家庭内で子育てをしている保護者にも助成金を出すようにお願いをしても、それは却下されたようだ。なぜなのかその理由は聞いてはいないが、私の仲間が言うには家庭にこもる母親を外に出すのが国策だからと言っている。

まったく観点が違うのではないか。母親を外に出せばそれなりに給料をもらうから、全国的に見て企業の支払い総量が増えるけれども、それは幼児の発達と何か関連しているのか。そんなことはあるまい。GDPたかGNPたかを増やせばそれなりに国の力量が評価されるだろうけれども、それは国民の豊かさとは全く関係ない。政治家の後ろについてくる無数の国民の将来を見ないで、力ずくで行政を推し進めようとする感覚は戦前の軍部の横暴さに似たり寄ったりだ。国力すなわち国民の幸せというのは幻想にすぎないことに気が付くべきだ。権力者にはそれがわかっていてもどうにもならないというのがあるから、それが不思議だ。今に裸の王様になってしまうだろう。

国会にいる政治家の質というのは国民の質と同位にあるといった人がいた。その通りだと思うから、そうでないように私たちも努力しなければならないと思っている。日大の問題やボクシング協会の問題。東京医科大学入試の問題など、きっと普通に暮らしている庶民には我慢のならない不正に見えるだろう。そんなことが世の中にはいくつも潜んでいる。それも「モリカケ」と同根にあることは確かだ。終戦時の石原莞爾のようなすっきりとした人格者が現れてくれないかと切望している。

「ちっとも面白くない世の中を面白く生きよう」と仲間に働きかけてその通りに生きた高杉晋作は今の総理と同郷である。生きていれば今の世の中をなんと思っているだろうか。為政者、特に権力を一手に握った者は、自分だけ面白くしないで国民を面白く生きさせてくれなければならないだろうが。

初等学部では3・4年生が校内のキャンプ場でキャンプをしている。別に心配はしていないが、みんなの顔が見たくなって食事のときにちょっと覗いてきた。まったく屈託がなくキャッキャっと騒いでいる。世の中の穢れや泥くさいことはあえて言わなくてもいいだろう。きれいなものはきれいに生かせて守ってやるべきだろう。

プレイデイ

土日と素晴らしい天気に恵まれて初等中等学部の校庭を借りてプレイデイを行った。場所が広いから何でも出来そうな気がする。ただ交通アクセスが少々難題のような気がする。あの大きな滑り台は初等学部のファミリアが作ったものだ。テーマが公園で公園にあるものを調べ、自分たちで作れるものを考え出し...