2020年4月30日木曜日

いつ終わる? Ⅱ

コロナウイルス騒動はだれもが経験したことのないことだから、国の方針を立てる人だって初めてのことではっきりと確固たる信念を持って決断することができない。だからその人の上げ足をとるような質問は控えるべきだと思うが、もしこれが戦時中の作戦本部だとしたら、まったくもって頼りがいのない参謀だろう。だから誰かの言うことを待って行動するのではなく、個人が危機管理をしっかり持って行動しなければならないだろう。しかし怯えることもなく蛮勇をもって挑むのでもなく、冷静沈着にして適切に対処することが望まれるだろう。

高校受験や大学受験など危惧されている多くの意見を聞くことがあるけれど、幼児期にとってもこの長い休みは内面に重いフラストレーションを抱えることになる。これをどこかで開放しなければ健全な発育は望めないだろう。
5月11日以降の幼稚園並びに初等学部の方針を決めた。現状のまま5月31日まで維持するということであるが、初等中等学部は校長も変わってこの間をどうするのかを授業の遅れを真剣に考えている。パソコンを使っての遠隔授業の仕方や、自由登校で受験を控えている子どもたちが学力低下をまねかないように工夫したりしている。
幼稚園は週に1回程度バスを出して子どもたちのガス抜きをしてやりたい。あおば台はバスを出すけれども、第二の方は密集を避けたいということでバスは出さないでやりたい。三密を避けるというのは感染者がいるということが前提で、感染者がいないという前提なら普段通りの生活ができるはずだと思っている。ただ感染者の経路がわからないというのが恐ろしい。

毎日東京の感染者の数が報告されているけれど、あれは信頼できない。感染者の数の分母がはっきりしないからで、検査対象者はどのくらいいるのかが知りたい。未知なるものが増えるほど不安が増すのだから情報は隠し事がないようにしてほしい。

幼稚園の登園については幼稚園から連絡がいきますので、携帯やインターネットのブログを開いて確認してください。

2020年4月26日日曜日

いつ終わる?

コロナウイルスの恐怖はいつまで続くのだろうか。国の最高指導者でさえ皆目見当がつかないことだから、国民全員が不安だ。湘南海岸でサーフィンなどしていたりパチンコに行って遊んでいる人たちは、案外自分勝手な人たちなのだろう。自分は絶対にコロナにかからないという全く根拠のない自信があるのだろうが、それがそうであったとしても、一方では、死と隣り合わせで寝食も忘れて人の命を救うために生きている人がいるというのに、恥を知れと言いたい。自由の国といえども精神的規律というものがあるだろうが。

小学校へ行くのに筑波山に向かっていくけれども、山並みが芽吹いていて絵で見るようなきれいな草色に柔らかい光沢がある。コロナで騒いでいても自然は全く沈黙したままで自分を生きている。なんという雄大さであろうか。とてもすがすがしい気分になるのでしばらく見ていようかと思うくらいだけれども、コロナ騒動で休校になっている学校でも、自由登校としているので、気がかりなのでゆっくりもしていられない。

5月6日まで休校となっているけれども、収まりそうもないので自発的にどのようになっても動きが取れるようにしたり、保護者に一日でも何時間でも早くこの先の行動の指針となるようなことを示したいと思う。
まず幼稚園だけれども、このままでは多分延長となるだろうから、この体制を維持していく気持ちでいる。週に2日ぐらいバスを出して子どもたちを拾ってきたい。このままだと子供たちは窒息してしまうではないか。幼稚園は子どもたちの楽園なのだから、ぜひともそうしてあげたい。初等中等学部は現状維持とするが、授業の進捗状況が気になるところだが、最近ネットで授業をしている。でもそれですべてが代替わりになることはないだろうから、家庭での授業も必要になってくるだろうな。

2020年4月20日月曜日

この先どうなるのか

コロナが収まりそうにない。全国に緊急事態宣言が出る前に都知事による緊急事態を示唆した国民に注意を喚起する発言があったが、これが一向に守られていないという結果が出ている。やはり人間には正常性バリアが働いて「自分は大丈夫だ」という他人ごとにさせてしまう傾向がある。これは個々の感情を安定させるための予防的警戒心でもあるから正常性バリアが悪いというわけでもない。これが無くなったら1週間と生きてはいけないだろう。しかし何事にも現状を理解して正しく判断しなければならないということがついて回る。何をどう感じてどのように行動するかは個人の裁量に任されているという、素晴らしい事由の国であるけれども、必ず責任を伴うということが著しく欠けているのではないか。このような状況の時には何をやっても勝手だというわけにはいかない。

パンデミックだから地球上にこのウイルスが蔓延していると解釈しているけれども、世界中の指導者の中でも女性のリーダーシップが目を見張るものがある。隣の台湾もドイツでも情報を的確につかみ、的確な行動を起こしていて収束に向かっている。
日本の総理は108兆円の対策費を計上したというがどこにどれだけのお金が回っているのか知っている国民はいるのだろうか。ドイツに住んでいる日本人がテレビに出て行っていたけれども、決定されてから48時間で手元に現金がきたと言っている。日本はモーションばかりでなかなかボールを投げてくれない。
日本に住む外国人はどうなってしまうのだろうか。東日本大震災の時に全国民から復興税を徴収したけれども、それは良しとしてもどのように使われているのかの決算報告がない。特別税を徴収したのだからそれもどのように使われているのかを国民に知らせるべきだと思う。

強制的に休みをとらせられ、子どもたちが家の中で過ごせるのは11日が限度であるという活字を読んだことがある。学者の言うことだから統計的に判断してそのような数字を出したのだろうが、アメリカには時間を無視して成人男性(大学生)がどのくらい閉じ込められた部屋にいられるかという実験結果がある。食事だけは時間を決めて出されるけれど何もすることがないという設定だからかなりの根性がいると思う。
11日が限度だというのはそれ以上になると精神的に変調をきたすということで、精神衛生的によくないということだ。命が大切だからということが大前提になっているけれども、仕方がないと思っている保護者はどれだけいるのだろうか。そのうち保護者も子供たちも参ってしまうのではないか。その時にどうするのかをよく考えなければならないだろう。ユダヤ人がナチスから逃れるために、率先して身を隠しているのとはわけが違う。自由の国の子どもたちだから欲求不満が過度に噴出して、コロナ暴発とともに子供たちの運動暴発にも注意しなければならないことになるだろう。

2020年4月17日金曜日

国の一大事

かすみがうら市にある初等中等学部もついに自由登校になってしまった。総理の全国緊急事態宣言と知事の県内休校指示によるものだが、コロナの諮問委員会によると、学校の生徒によるコロナウイルスの拡大は見られないという意見もある。学校に通う子どもたちや幼稚園の子どもたちには何ら危険の心配などいらないように思うが、どうしてみんな休みたがるのかわからない。
みんな「もしも?」と言いたがるけれど、あってはならない事故を想定しているのなら毎日がそうだ。今回のコロナについては幼稚園や学校の方がよほど安全ではないかと思っている。だから2月の末に総理が「学校の休み」を全国に指示したときには、まったく唐突で茨城にはまだコロナが入ってきてはいなかった時期なので従わなかった。公立は公務員だから速やかに指示に従うというのが当たり前であったけれども、私たちは盲目的に従うのではなく、自分で理解できるだけの情報を持って行動したかった。
危険なのは大人たちである。幼稚園やが学校ではない。緊急事態といえども人の行動や移動は制限されないのだから、本物の緊急事態ではなく予行練習みたいなものだ。緊急事態宣言なるものは時として法律や憲法を停止して国民一致団結して行わなければならないものなのだろうが、日本の決め事には必ず抜け穴がありそうな気がする。これでは収束するのには、時間がかかるだろう。

私たちが気をつけねばならないのは、コロナに感染した人たちへの配慮と、医療従事者に対する感謝と敬愛の念であろう。少なくとも必要以上に怯えたりして周囲にそれを伝播させないことも大切なことだろう。
私が危惧するのは子どもたちのストレスの問題である。過度なストレスや極度なストレスは脳に異常を生じさせることがある。医者や脳科学者が言うことの前に現場で毎日子供たちと一緒にいる私たちの方がよく理解しているつもりだ。恐怖ばかりを子どもに植え付けては脳も委縮してしまう。注意が必要だ。

幼稚園では、他園で公開保育のあった際にいただいてきたチャボのつがいが卵を産んだので、母鳥が温めてひよこにかえるのではないかと思いきや全然子育て放棄してしまって一向に温める気配がない。なので孵卵器を買ってきて温めた。めでたくひよこにかえったので職員室は毎日ひよこの話で盛り上がっている。
一日も早いコロナの終息を切に祈っている。

2020年4月14日火曜日

入園式とコロナ

コロナ騒ぎで、入園式をどうするのかという話し合いが、毎日煮詰まってしまっていた。幼稚園から帰ってくると、またコロナの話。入園式は自分の腹の中ではやるということで決まっていたけれども、うっかり言葉に出していったりすると、このご時世だから何を言われるかわからない。子どもたちの気持ちは、早く幼稚園に行きたいという思いで一日千秋の思いでいたのではないか。

個人の感情論を優先させて大事な式を決定してはならないことは重々承知はしていたものをどこか不安があった。それはこのような未曽有の国難の時に、足並みをそろえないという思い上がりを叱咤する気持ちが躊躇させたのではないかと思っている。一応はホールで入園式を挙行することはできたが、年少さんのクラスごとに行うこととした。こんな大切な日に子供達には申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。子どもたちに謝りながらの入園式であったけれども、みんなかわいい顔してにこにこしていたのでとりあえず安心した。コロナが去って普通の暮らしができるようになったら、いっぱい遊べるように準備をしておこう。そして記念写真も撮ろう。
国が定めたとおり、この辺の公立の学校と同じ休業にしてしまったけれど、どこか煮え切らないところがある。それは確かな効果があったのだろうかという不信であるが、そんな理屈っぽいことは考えるなと言われればそうかといって引き下がる。

さて5月6日までの休業は決まってしまったが、その後の件について話そう。5月7日・8日は年少さんのことを考えて午前保育とする。11日から通常通りとする。しかしコロナの感染が終息する気配を見せていないのでこれは流動的となる。。その後も休園にするという可能性も少なからずある。申し訳ないけれどもご理解をいただきたい。

2020年4月8日水曜日

にっくきコロナウイルス

 新学期が始まったけれども周りがコロナコロナでざわめき立っているので、自分もそれに乗ってしんみりとその話に乗らないといけないのかという強い誘惑にかられる。久しぶりに小学校へ行ってきたけれど、全員がマスクをしていて宇宙戦争の小さな兵士の様だった。それでも目がキラキラしていてとてもきれいだっだ。
 幼稚園では園庭いっぱいに子供たちの歓声とともに、赤青黄色の帽子が園庭に咲いた小さな花の様で春の庭先を演出している。コロナと同じように、子どもたちにはストレスが最大の毒になる。少しでも学校や幼稚園で仲間と関われた子どもたちは幸いである。

あおば台第二幼稚園は13日以降19日までを休園にいたします。
しかし事情があって子どもを幼稚園に預けなければならないという保護者は幼稚園に預けてください。預かりもいつもと同じようにやります。
                                                            
コロナウイルスによって普段の生活が思いもよらない不安と恐怖のどん底に突き落とされてしまったような気がします。国中がコロナ一色になってしまって、オリンピックは延期になり、国内のプロスポーツなども中止になったり延期になったりしてしまいました。おりしもこの時期は年度切り替えで、日本のすべての機関が何かしらのイベントを持っていた時期です。
7日、幼稚園でも新学期を迎え、進級した子ども達の晴れ晴れとした決意に燃える意気込みを感じ取った日を過ごしました。大人の社会はそんなゆとりはありません。もしも子ども達がコロナにかかったらどうしますか。死んでしまったらと命にかかわる問題だからと騒ぎ立てます。幼稚園ではそう言われるまでもなく深く考え込んでいます。
 命にかかわる問題で死んでしまったらどうするのですかという言葉には何一つ抵抗する術はありません。責任の取りようがないからです。それならどうすればいいのでしょうか。市が言っている様に休みにすれば解決はするのでしょうか。それはいつまでなのでしょう。419日以降は安全なのでしょうか。その前には2月27日ごろだと記憶していますが、総理が小中学校を休校とするといった時には、幼稚園の子ども達はどうするのだと憤慨いたしました。その時には何も起こらなかったのですが、子ども達が犠牲にされるのはこればかりではありません。
 今回については、つくば市にコロナウイルスクラスターが2か所あるということを聞いていたのでしばらくの間の休園を決めました。
コロナに正面から向かい合い戦っている医師や看護師の医療関係者の方々には心から敬意を表したいと思います。どうかみなさんが感染しないように祈っています。
 また幼稚園生活が初めての3歳児と一緒に生活をしていますので、20日から22日の3日間は午前保育とし、23日から給食開始といたしますのでご協力ください。よろしくお願いいたします。

生命力

  どろんこの中で体を横たえてけらけらと笑っている。何がおかしいのか、何が楽しいのかなんだかわからないけれど、腹を抱えて笑っている子もいる。泥の中からむっくりと起き上がって、子ども同士は顔を見合わせて笑っている。肩を震わせて笑っているから、きっと何か楽しいことを見つけたのかもしれ...