2020年5月28日木曜日

猫の目のように変わる

首都圏の人たちが頑張ったおかげで緊急事態宣言が全国的に解除された。とてもいいことだと思っているが、宣言解除は早すぎるのではないかという人も半々ぐらいにいる。
多くの人が新しい生活様式などの言葉を使っているが、それはいったいどのようなことなのかが具体的にわからない。私も年を取ってきたので理解力がだいぶ落ちているので何度聞き返してもわからない。新しい生活様式というのは三密を継続して守っていくことなのか、そのように受け取れる解説がいたるところで聞く。コロナ撲滅のために感染しないように三蜜が言われていたのに、これからの生活に取り入れるとは全くおかしな話である。

特に学校や幼稚園などで三蜜を取り入れている、まことしやかにおかみの言うことを漏らさずに聞き入れる思考停止の状態を産んでいる。これはあくまでも感染している人が存在しているということを前提に予防措置が取られていることなのに、感染者ゼロのところでもそのようなことが必要なのか?。不思議である。感染した人の経路が全く分からないのでどこにウイルス保持者がいるのかわからないから、用心のために考えられる措置をしているのだろうが、やりすぎという批判がある。パニック症候群になったり、コロナ鬱になったりしている人がいる。

40年前にバイカル湖を船で渡ってイルクーツクへ行こうとしたとき、モスクワからの話でバイカル湖は天候が悪く船が出られないということで陸路バスで行ったことがある。私たちはバイカル湖の湖畔にいたからその時の天候もよくわかっていたが、現場を知らない中央集権的な社会主義の強権性を垣間見た感じがした。日本の今は強権的な政府ではなく、民衆がそれになびいていくおかしな現象である気がしてならない。

幼稚園や小学校では三蜜を守っていたらその体をなさなくなってしまう。幼少期は人とのかかわりがあって成長を促していくのに、まず人を疑ってかかることを教えなければならないなんて、いっそのこと休学にしてオンライン授業を徹底すればよい。たぶん人間として偏った性格の人たちが増えるだろう。政治家は子どもたちの発達心理は学んでいないから仕方がないにしても、教育関係者はもっとよく考えて、より良い学校生活を構築していかなければならないだろう。

2020年5月20日水曜日

幼稚園変更有

一昨日にこれからの幼稚園の運営について、これが一番いいと思っていたことが、昨日の保育者との会議で一部訂正ということになった。正式には、25日からの登園については1週間は午前保育として自由登園とする。この間は休んでも欠席扱いにはならないということです。従って給食はないということになります。休み疲れている子どもたちにはこのやり方の方が優しいだろうということです。保育者が集まって真剣に考えたことだから、そのようにした方がよいという判断です。その後のことについては来週中に考えることとして、失われた行事についてどのようにして取り返すかを考えることにする。

これが細菌兵器だとしたら世界各国は手も足も出ないということになるけれど、先進国の中でも日本は被害が少ない方だろう。PCRがどうだこうだと言っているけれども、医療体制が一部ボロボロになってしまっていることが露呈されて、これからの課題がよく見えるようになったのは収穫である。それにしても普段から使っていないマスクが無くなるなんて想像にもなかったことだ。

両園ともに保育者がよく頑張っていて頼もしい限りだ。また初等学部にしても同じ方向を向きだしたのは何よりの出来事である。もともと素質のある教師たちだからボタンのかけ方を間違わなければ立派な学校になることは間違いなしだ。子どもたちは、開学当初からうっとりするほど素直で性格がよいので、自然に仲間関係はよくなって、みんなが前向きである。何よりも本が好きだというのが楽しみな存在である。

2020年5月19日火曜日

コロナのこと

これから幼稚園はどうするのかということは書いた。コロナウイルスが流行っているからということで、学校や幼稚園などを簡単に休ませては困る。茨城県は感染者ゼロを何日か続けている。休業を解除するのにはそれが根拠となるけれども、警戒を続ける根拠は「感染したら…」という不安だけである。あちこちに不安を振りまくと、それが風評被害となることも予想される。ある専門家に言わせると、このコロナウイルスは2~3年ぐらいは続くだろうと言っている。近い話では7月から9月にはにはかなり多くの人が感染し今までにない感染者数になると言っている。また冬には低温乾燥時期になるのでウイルスが定着しやすいとも。
現実に起きている事柄ではないのですべて憶測に過ぎないけれど、この中から自分が信頼できる事柄を選択して生きていかなくてはならないだろう。自分は大丈夫だという正常性バイアスを排除してよく考えて決定しなければならない。勿論この先何もないということもあるかもしれない。しかし今の東京を見ているとそれは非常に薄い。

小中学校はどうするのかということを書かないといけない。小中学校も幼稚園と同じで25日から登校を開始する。バスも給食もありだ。受験を控えている子どもたちが可哀そうだ。家にいた方が勉強しやすいという子はほんの一握りの子で、大体は仲間と一緒にいる方がやる気というものは増幅されるのが普通だ。人間は人類発祥の年から集団化して生活をするというDNAができているので、なるべくなら学校にきて自分たちの教室で学習することの方が望ましい。何よりも家に閉じこもっている子どもの姿などは、精神衛生上好ましくない。

私が登園日を決定したり小中学校の開始日を決定しているのは、独自で考えているわけでもない。県に電話をして確認をとって決定している。県内でも学校開始日は足並みがそろわないでいる。だから結果についてはすべて県の責任ではなく所属長の責任において決定している。何かあったらなんて誰にも責任が取れないではないか。

2020年5月18日月曜日

恐れながら!

100年前のスペイン風邪についての話も出てきたところだが、あれもやはりウイルスだったんだろうと推察している。第一次世界大戦の真っただ中であったし、ウイルスの研究は全く新しい分野で、なぜこんなに風邪ぐらいで死んでしまう人が多いのだろうと不思議がっていただろう。特に研究者の間では昼夜を問わず、寝食を忘れて疫病と戦っていたに違いない。しかしウイルスの発見は50年前ぐらいでなかったか?。
世界では日本の感染者数と死亡者数があまりにも少ないので、それが真実なのかという風に疑って報道されていることもあるようだ。それについてしっかりとした日本側の反論がないけれども、まさか日本が事実をごまかして報道しているなどのことはあるまい。そうなれば日本の医療機関の優秀さが光る一面でもある。とにかく医療機関にはご苦労様と大きな声で感謝したい。

幼稚園ではクラスごとの登園することにして、今日で2週目になる。子どもたちが園にきて園庭にパーと広がっていくと、急に殺風景な砂漠のようなところに花が咲いたようになる。オアシスを作っているのは子どもたちそのものなのだという実感がする。中には「遊び方忘れちゃった」とか「やっと年長になれたね」とか言いながら久しぶりに会えた仲間と頬笑んでいる。また水道のところへ行って、手に石鹸をたくさんつけて、指の間を丁寧にごしごしとやっている子もいる。休みの間に、かなりお母さんに特訓されたのかなと思う。ほほえましい出来事でもある。

茨城県はここのところ感染者も0を続けているので、もう少し緩めてもいいのではないかと思う。戦時中ならいくらでも閉じこもっていられるけれど、外へ出ても爆弾が落ちてくるわけでもないし、コロナが危ないといっても具体的な敵の姿が見えないのが厄介だ。
私は、今週中に県内で感染者ゼロであれば幼稚園は通常通り開始することにします。バスも出しますし、給食も始めます。バススタッフは1週間は教師が努めます。また給食手伝いにしても1週間は教師が努めます。ただウイルスというのは簡単に変異して違った形で存続するようなので、しばらくの間は安全宣言は出ないでしょう。気を緩めてはならないとか、第2波が怖いとか悲観的な話が多いけれども、また安全などはないと言われたらどうすればいいのでしょうか。他人の責任にしないで自分の身は自分で守るしかないでしょう。一生懸命に私たちを守ってくれている人がいるのだから、悲観的にならずに前を向いて生きていきましょう。

2020年5月7日木曜日

出口が見えない

出口が見えないと多くの人たちが言っている。私は入り口はどんなだったのかも薄ら覚えではっきりとしない。大阪府の吉村知事が政府のやり方に不満をもって、さっさと大阪モデルを作ってこの難局に対処しようとしている。なんだかんだ言っても統治者たる人間は即決即断を求められるから、吉村知事はその判断がどうであれ責任を取るということをしっかりと表明したのだから立派である。政府はこれで慌てるだろう。

ところで瞬間9月入学などの話が出たけれども、これはいったいどこへ飛んで行ってしまったのだろうか。マスコミに取り上げられて、ほんの少しの間話題になって、政府もこのことについて真剣に考えるというようなことを言っていた。しかしコロナの対処の仕方に狂いが出てきたのか、そっちの方に気を取られて9月年度切り替えに手が回らなくなってしまった。こんなことは何年も前に計画を立てないとできるものではないと思うが、戦後間もないどさくさに紛れて制度を変えるとかしないとできなかった話だ。このようなパラダイムシフトといえるような変換は簡単にできるものではないと思う。国そのものを揺り動かすような出来事なのに、今年の9月から始めるなんてことは多分できないだろう。

幼稚園は、週に1回ずつクラスごとにきて大いに遊んでもらうことにした。密集を避けてや密接を避けるなどは到底できる話ではないが、なるべくそのように沿ったことで行いたいと思う。人の育ちはオンラインではできないから、保護者にも十分理解をしていただいて参加してほしい。保護者が参加するのではなく子どもたちを参加させてほしい。詳細は幼稚園から連絡がいくのでよろしくご協力ください。
初等中等学部は来週から時短をして、登校日を設け授業を始めるようだ。空から放射能が降り注いだり、爆弾が落ちてくるというのなら決して外には出さないけれど、このままでは子供たちの心がしなびてしまう。子どもたちは大人の言うがままだから、だれかが決断をして呼び寄せてやらないと可哀そうだ。少しずつでも出口をつくってやりたい。

生命力

  どろんこの中で体を横たえてけらけらと笑っている。何がおかしいのか、何が楽しいのかなんだかわからないけれど、腹を抱えて笑っている子もいる。泥の中からむっくりと起き上がって、子ども同士は顔を見合わせて笑っている。肩を震わせて笑っているから、きっと何か楽しいことを見つけたのかもしれ...