2020年6月25日木曜日

本格的な梅雨

しとしとしとと絶え間なく降りしきる雨。コロナ騒ぎとは全く関係のないところで勝手に相談して雨を降らせている。これが放射能とかの問題があったらただの雨だけでは済まされないだろう。こう考えるとコロナはある程度はこちら側の対応で何とかやり過ごすことができる。もっとも放射能がパンデミックなんてことになったら逃げ場がない。シェルターを作っても飲料水や食料はどのくらい必要になるのかは皆目わからない。紫陽花の花に振り落ちる柔らかい雨がやさしく感じる。

そんな思いとは全く次元の違うところでギャーギャーと子供たちの思い切った声が響く。この子たちが将来にわたって平和な幸せをつかむことが果たしてできるのだろうか。平和は経文を唱えているだけでは作れない。それだけの備えをしなければならないが相手がいることだから、こちらの都合通りにはならないから厄介だ。無法者国家があったり、価値観の全く違う国家が海をまたいで隣接しているのだから舵取りが大変だ。

2020年6月24日水曜日

生きていることが楽しい

これは「年寄りのことば」だ。若い人はあまり過去がないから物事を感慨深げに見ることがないだろう。いずれある日日向ぼっこをしながら過去の思い出に耽る時が来る。友達と、あるいは一人っきりで。くすくすと笑いながらか深刻な顔をして、まあこれは年寄りの末期的症状かもしれない。若さの特権は過去についてあまりこだわりを持たないというのが最大の特徴だから、前を進みもっと先を切り開いていくというような使命があるわけだから当然我々と同じようであってはならない。

両園ともにリヤカーの運転免許証の取得試験を行った。子供たちはこの日のためにリヤカーの運転技術を磨いてきたのだから、一生懸命に検査官の役目をしなければならない。子供たちの目が刺さるほどに真剣だ。コロナのおかげで普段の保育が延期になったり中止になったりしたのでこの時間を何とかして取り戻してやりたい。また年長さんは昨年の年長さんがどんなことをして立派な年長さんになったのかということをよく知っていて、次に何をやるのかを確認してくる姿がある。年長になってすぐコロナで休みに入ってしまったけれども、よく育っていると感心する。

2020年6月9日火曜日

通常通り

昨日から茨城県は通常通りの学校教育が始まった。岩手県などは感染者ゼロをずっとやってきているのに、全国一斉の緊急事態宣言には全く納得がいかないだろう。東京のように不要不急の外出は避けるようにとか三蜜を極力避けるなどのお達しが出ても、何のことやら誰のことやら耳を疑うようなことで、まったく自分が言われている気にはなれないだろう。そもそも何でもないところの住民は、緊急事態宣言という言葉一つで減収になってしまった。国としてもコロナの被害に直接あった人以外にもこのような人を救済しなければならないだろう。学校教育の遅れは全国的に感染してしまったが、オンラインスタデイとか言って、パソコンで遠隔授業をしていて急場しのぎを行ったが、学校という場所は大人が考えるような知識を詰め込めばよいというところではない。

久しぶりの登校で仲間に会えた無量の喜びがにんまりとした子供たちの笑顔から読み取れる。そんな心の栄養はオンライン授業ではどんなに頑張ってみたところで、得ることは困難であろう。そんな連続性が心の豊かな人間性を作っていく。無色透明な世界だから、目で見るだけでは子供の心は見ることはできない。

昨日も今日もとても暑い。外は30度を超えているのではないかと思われる。あおば台では約20年ぐらい前に園庭の大改造をやって川を作ったり池を作ったり、小さなログハウスを作ったり、滝を作ったりして子供たちの遊びの園を完成させた。井戸を掘り池に循環ポンプを置いて滝に水をくみ上げその水を川に流し、その川はログハウスの下を流れていくようになっている。ログハウスは静かな部屋という呼び名で絵本を読んだりお話をしたりするときに使われる。でも子供たちはキャーキャーと騒いで静かになるときはない。
今日のような暑い日は、川に入りたくて子どもたちの長蛇の列でものすごく人気がある。作ったのはずいぶん前になるけれど、子どもたちの笑顔を見ていると本当にうれしくなる。子どもたちの笑顔に癒される。

初等学部のオアシスは、とても暑い日にプールを作ってと言われて急遽ユンボーで穴を掘って作ったものだが、大きさは12m四方で大変な作業であった。とても自分一人ではできないとほとんど瞬間に悟って友達の業者にお願いをして、1週間ぐらいかかった。底には防水シートを敷いて本格的に作った。池を作ったのはいいけれどその水はどうするのかということをあまり考えなかった。そこで今度は川を作ってその川に池の水を流すことにした。その川の名前はクジラ川という。今でもその川の水は敷地内に放流している。夏はカヤックをしたりしていてとても楽しそうだ。その川の長さは全長200m弱はある。どうですか楽しいところでしょう。なんといっても子供たちの顔がいい。

2020年6月2日火曜日

幼稚園も小中学校も始まった

幼稚園は自由登園にして開園していて初等学部もそのようにして開講していたから、公立が一斉に開校してもあまり驚きも何もない。相手が見えないコロナだから、学校が一斉休校になることはやむを得ない。ましてや公立となると上意下達は守らなければならないだろう。自分の判断でどうこうのというは場を乱すことになるのでそれはご法度となる。だから茨城の教職にある人の中には悔しい思いをした人が多かったのではないか。しかしまだコロナは水面下に隠れているだけだと、私たちを不安に陥れているマスコミや専門家がいる。
その専門家会議の議事録を作っていないということを政府要人が堂々と言っている。これだけ地球上を騒がせたコロナウイルスの対策について、日本の専門家が一堂に集まりその対策を時間をかけて論じていることの議事録を作成しないなどと堂々と言っていたのではこの政府は国民の政府ではない。誰のための国会であって政府なのか。そんな彼らには任せられないではないか。それではチェンジするかといっても昔の社会党のような野党では頼りがいがない。主権在民ということをすっかり忘れている為政者には用はないが、政治家集団は貧困である。

幼稚園には子供の歓喜の声が鳴り響いている。先週の一週間は活動計画に入れずに、のびのびと一日を過ごしてもらった。年長は活動計画の中に一日の動きを入れてやらないと、なんだか手持無沙汰であったので、今週から子どもたちの計画に合った意見を出してもらい、それを中心に動いていきたい。さすがに年長の発達はコロナに負けない。長年のDNAが「これをやらないと年長ではない」みたいなものが幼稚園に定着している。年中少はゆっくりと幼稚園を楽しんだらよい。

生命力

  どろんこの中で体を横たえてけらけらと笑っている。何がおかしいのか、何が楽しいのかなんだかわからないけれど、腹を抱えて笑っている子もいる。泥の中からむっくりと起き上がって、子ども同士は顔を見合わせて笑っている。肩を震わせて笑っているから、きっと何か楽しいことを見つけたのかもしれ...