2021年5月28日金曜日

先行きが見えない非常事態宣言

  もう3回目の非常事態宣言だ。総理に聞いても「次の会議で専門家の意見を聞いて」とか言っていつでも自分の言葉がない。自分で感じたことを言い上意下達でもいいから先に行動に移し、失敗したら腹を切ればいいではないか。何とか自分の首を残しておいてというような雰囲気が見え見えだ。もっとも今の状況では前に進んで火中の栗を拾い上げるような勇ましい政治家はいないだろう。菅総理を「もうこれではもたない」と思っている政治家も、与野党ともに冷ややかに見ているものが多いだろう。誰がやったとしてもうまくいかないのだから、その辺のところは差し引いてやらなければならないだろう。結論を先送りにしていると、その分だけ大衆の鬱憤はたまるし、マントルの溜り場が溢れてしまう。それでなくともこれ以上非常事態宣言を追加措置をしても大衆は言うことを聞いてくれないだろう。それこそ「大衆の反逆」が始まる。その次は与党の中の足の引っ張り合いだ。まったく矜持のない政治家が多い。

 私の父親はラバウルで終戦を迎えた。地元にはすぐに帰らず母親方の実家の信州に帰ったらしい。なぜなのかを聞いてみたことがあるけれど、父方の実家はこの地域の庄屋だったらしいけれど、父が神田の専門学校へ通っていたころにつぶれて住んでいた家もなくなったという話であった。それで実家には帰らなかったという。それでも実家の人たちに「家も、百姓やれるぐらいの土地も分配するから帰ってきてくれ」と言われてしぶしぶ右籾に戻ってきたらしい。戦後間もないころだから土地は百姓に平等に与えられたということを聞いていたので何の不思議はなかった。

 ラバウルはガダルカナルに比べると被害はそれほど多くはなかったけれど、殺したとか殺されたという話はタブーであった。私は子どもであったけれどもその辺のところはなぜかわきまえていて、なるべく楽しかった話を聞くことにしていたが、「楽しいことなんて何もない」と言っていた。いつも夜になると日本刀を取り出して素振りをしていた。その日本刀は警察が来て没収してしまった。凄く強そうな父親で頼りがいがあった。戦争の話になると、だれも知らない戦友の話をして「靖国に眠っているんだろうな」とか言っていた。靖国神社は戦争に行った人の合言葉の様で、その神社は彼らの待ち合わせの場所でもある。日本の国を守るのに命を懸けて戦ってくれた日本民族の祖先である。他国にあれやこれやと言われる筋合いはない。

 硫黄島玉砕などという人がいるが実は玉砕ではなく生き残りがいた。凄い戦いで日本兵3万人の守備隊に対して、米軍12万から15万と言われている。日本兵はとにかくよく戦うので米軍は恐れをなしていた。戦争だからみんなが気違いだから何とも言えないが、彼らは日本人一人として捕虜にするなと言って火炎放射器で洞窟の中まで火を通した。なぜかというと捕虜にするとそれなりの経費がかかるからだ。ハーグ条約だか何だかよくわからないけれど、戦争に関するルールを決めたものがあるけれど、東京裁判然り米国はことごとく破って今日がある。フィリピン戦線もそうだけど、米兵75000人に日本兵4万人で、もう日本はだめだと思っていた時に米兵75000人が投降して来た。そのうちの5000人はマラリアだか戦線で死傷した。7万人も捕虜にして食物を与えたことで日本兵は食べるものが無くなってしまった。そして米兵は、日本兵一人も捕虜にするなと残虐に日本兵を殺戮の限りを尽くして殺した。どっちが戦争犯罪人なのか。

 硫黄島に話を戻そう。硫黄島は摺鉢山が変形するほど艦砲射撃を受け、もう生きているものはいないだろうと思って上陸してきた米兵に一斉射撃を行った。米兵は日本人はどのくらいいるのだと恐れていたが、何日かした後、心ある米国将校が日本兵が立てこもる洞窟へ行ってそこに置手紙をしたため「君たちはもう散々戦った。全員を助けるから潔く投降してください」と言ってそこを立ち去った後、一人の日本の将校が書置きをしてくれた米兵と会い「貴殿のありがたいお言葉に心から感謝を申し上げる。中の者たちと相談をした結果我々は武士道を重んじ、最後まで戦って靖国で会うことを誓い合った」と言って自決したということを聞いた。矢は折れ弾は尽きた状態だからさぞ無念であったろうと思う。そんな祖先の思いのこもっている靖国神社を他国の言いなりになっている日本の政府はどうなっているのだろうか。まずは東京裁判をやり直していただきたい。判決は覆らないにしてもすべての国民にあの当時の裁判を知ってもらいたい。

 

2021年5月6日木曜日

コロナ撲滅かオリンピックか

  幼児教育を生きがいとして生きているものにとってはオリンピックなどにの次である。現在の状況を続けていくようなことになれば、子どもたちに良い影響を及ぼさないのは必定である。国内全体がイライラしているようで、これが子どもたちに影響しないわけがない。緊急事態宣言が3度も出されているのに、一向に収まらない。むしろ変異株なるものが猛威を振るっていて、徳島などでは新規感染者の100%が変異株である。緊急事態宣言など戦時中の空襲と違ってそんなに簡単に何度も出すものではない。誰が責任者でだれが責任を取ろうとしているのか見えない。日本にはカリスマのような指導者が必要だ。なかなか政治家を見渡してもすぐには見つからない。

 国民の命と健康を守るのが政治家の大きな使命ではないのか。オリンピックは我々にとっては娯楽に過ぎないではないか。勿論命がけのアスリートがいることも知っているが、命がけで娯楽を楽しむなんて愚の骨頂ではないか。どうしても「やる」というにはそれなりの理由があるはずだ。それにできるというなら、なぜそのような結論に至ったのかを国民に明らかしなければ国民も納得がいかないだろう。こうしている時間にも、多くの感染者が病院に運ばれていく。病院は満杯だからと言って、自宅療養になって自宅で命を落とす感染者もいる。待機中の感染者のだれを病院のベットに寝かせたらよいのか、すでにトリアージ(選別)が始まっている。命の選別になると医者も大変だ。世の中がそんな状況なのにオリンピックの話を出すのは不謹慎極まりないだろう。

 非常事態宣言を受けた都道府県の飲食店や旅館業の人たちは、青ざめた顔をしている。この先の希望が持てないというのだ。補償した金額に値するものは至急支払ってやるべきだろう。それにしたって少ない金額だという人もいるわけだから。どうなるのですかと聞くと、これからみんなの意見を聞いてとか会議の中でとか言っていて、一体だれが責任者なのかわからない。スピーデイにやることが大切だ。できないというならそれは危機に対しての能力がないということだからできる者に変わることだ。苦しんでいる人が大勢いるということを忘れてはならない。

 人が生きていてその人の骨の髄まで打ち砕いてしまうものはなんだと問われてみれば、何がある。愛の裏切りとか、シェークスピアみたいな甘いものではないだろう。しばらく目を閉じて思うのに、もがいても抜け出せない貧困であろうと思っている。パン一枚を盗んで13年も投獄されたレ・ミゼラブルの主人公もいたけれど、真実は小説よりも奇なりである。現に苦しんでいる人の将来を見てやるべきだ。貧しさからの脱出は精神までも病んでくるだろうから丁寧に包んであげなければならない。


生命力

  どろんこの中で体を横たえてけらけらと笑っている。何がおかしいのか、何が楽しいのかなんだかわからないけれど、腹を抱えて笑っている子もいる。泥の中からむっくりと起き上がって、子ども同士は顔を見合わせて笑っている。肩を震わせて笑っているから、きっと何か楽しいことを見つけたのかもしれ...