2021年5月6日木曜日

コロナ撲滅かオリンピックか

  幼児教育を生きがいとして生きているものにとってはオリンピックなどにの次である。現在の状況を続けていくようなことになれば、子どもたちに良い影響を及ぼさないのは必定である。国内全体がイライラしているようで、これが子どもたちに影響しないわけがない。緊急事態宣言が3度も出されているのに、一向に収まらない。むしろ変異株なるものが猛威を振るっていて、徳島などでは新規感染者の100%が変異株である。緊急事態宣言など戦時中の空襲と違ってそんなに簡単に何度も出すものではない。誰が責任者でだれが責任を取ろうとしているのか見えない。日本にはカリスマのような指導者が必要だ。なかなか政治家を見渡してもすぐには見つからない。

 国民の命と健康を守るのが政治家の大きな使命ではないのか。オリンピックは我々にとっては娯楽に過ぎないではないか。勿論命がけのアスリートがいることも知っているが、命がけで娯楽を楽しむなんて愚の骨頂ではないか。どうしても「やる」というにはそれなりの理由があるはずだ。それにできるというなら、なぜそのような結論に至ったのかを国民に明らかしなければ国民も納得がいかないだろう。こうしている時間にも、多くの感染者が病院に運ばれていく。病院は満杯だからと言って、自宅療養になって自宅で命を落とす感染者もいる。待機中の感染者のだれを病院のベットに寝かせたらよいのか、すでにトリアージ(選別)が始まっている。命の選別になると医者も大変だ。世の中がそんな状況なのにオリンピックの話を出すのは不謹慎極まりないだろう。

 非常事態宣言を受けた都道府県の飲食店や旅館業の人たちは、青ざめた顔をしている。この先の希望が持てないというのだ。補償した金額に値するものは至急支払ってやるべきだろう。それにしたって少ない金額だという人もいるわけだから。どうなるのですかと聞くと、これからみんなの意見を聞いてとか会議の中でとか言っていて、一体だれが責任者なのかわからない。スピーデイにやることが大切だ。できないというならそれは危機に対しての能力がないということだからできる者に変わることだ。苦しんでいる人が大勢いるということを忘れてはならない。

 人が生きていてその人の骨の髄まで打ち砕いてしまうものはなんだと問われてみれば、何がある。愛の裏切りとか、シェークスピアみたいな甘いものではないだろう。しばらく目を閉じて思うのに、もがいても抜け出せない貧困であろうと思っている。パン一枚を盗んで13年も投獄されたレ・ミゼラブルの主人公もいたけれど、真実は小説よりも奇なりである。現に苦しんでいる人の将来を見てやるべきだ。貧しさからの脱出は精神までも病んでくるだろうから丁寧に包んであげなければならない。


生命力

  どろんこの中で体を横たえてけらけらと笑っている。何がおかしいのか、何が楽しいのかなんだかわからないけれど、腹を抱えて笑っている子もいる。泥の中からむっくりと起き上がって、子ども同士は顔を見合わせて笑っている。肩を震わせて笑っているから、きっと何か楽しいことを見つけたのかもしれ...