2019年9月6日金曜日

虐待の定義

親の身勝手な『躾』と称する暴力によって無残にも尊い命が奪われてしまった。過去にも何度もあった話であるのに、悲惨な状況が是正されない。5歳の子供は言葉もしっかりしていて、何度も親に許しを乞うている文が見つかっている。しかも親に書いているのに丁寧語で書いている。親に対していかに恐怖を持っていたのかが分かる。これだけ虐げられていても5歳の子供では逃げ出すことができなかったのだろう。逃げ出すなんて考えもしなかったのだろう。子どもは健気なものだ。親は鬼にも悪魔にも変身できる。自省して生きなければならないだろう。

この子供によってこの親はどれだけの幸せをもらっているのだろうか。普通の家庭の親なら気付くはずだが、この子は生まれたところが悪かった。

子ども子育て会議で決まった認定子ども園の預かり保育の時間が1日11時間と決まったが、これも虐待である。幼児期の子供が11時間も幼稚園あるいは保育所にいるなんて、それが毎日だったら子どもは憔悴しきってしまう。だから国がそう決めたからと言って保護者の権利として子どもを長い時間預けたりしないほうがいい。子どもと親が一緒にいられない時間が長いほど、将来の子供にとって心の空洞化現象が起こることは間違いないことだから。目先の利便性より子供の心の中を見てあげてほしい。国のやり方に罪があるならば国は虐待ほう助罪に当たるだろう。

2019年8月30日金曜日

幼稚園が変わっていく

平成27年度から認定こども園が本格的に運営されるようになった。当初の県の説明によると、幼稚園の園児数激減による幼稚園救済措置のようなニュアンスが強く、幼稚園連合会もいち早くこれに便乗した。しかしながら蓋を開けてみると実はそうではなかった。茨城県では私もこれの旗振り役みたいなことをしてしまったが、みんなに任せればよかったとなかば後悔している。
まったくでたらめなことがある。当初は認定こども園というのは四つの運営方法があって、一つ目は幼保型認定こども園・二つ目は幼稚園型・三つめは保育園型・四つ目は地方自治体によるものとあった。私たちの選んだのは当然のことながら幼稚園型認定こども園であった。これは幼稚園の体制を主導として行われる保育形態である。これには何の不服があろうはずがない。しかし現実はそうではなかった。
しかし認定こども園が見切り発車されてから、国の「子供子育て会議」が開かれ、子供を預かる時間は11時間などと決定された。この会議に私の友人も参加していたが、そこで大人の労働時間は8時間とあるから、せめてそれと同じかそれよりも低く抑えるべきだと主張したが、官僚の作った作文に押し切られてしまったようだ。ちなみにこの会議の議長は埼玉県にある保育者養成校でもある大学の学長経験者である。大学では心理の講義をしていたそうだ。幼児心理は知っていても子供に愛を持たないようで、聴講する気にもなれない。
その結果私たちは裏切られた結果になってしまったが、認定こども園のおかげで幼稚園存続が容易になった園のあることも事実で一概に全く失敗であったとは言い切れない。しかし幼稚園型とか保育園型とか認定こども園の種類について聞かれることは全くない。認定こども園はすべて認定こども園に統一されているようで幼稚園としての面影がない。
文科省も頑張っているようだが、幼稚園の保育所化が進んでいることは認識しているだろう。幼稚園は1872年学制発布と同時期にに幼稚園はできた。正式だかどうかはわからないが最初にできたのはお茶の水大学付属として認知されたのが初めてである。その反面保育所は戦後のどさくさで児童保護のために1947年にできたものだ。幼稚園は教育基本法の第1条「学校とは」の中に第一番目に幼稚園が出てくる。幼稚園教育要領があって、幼稚園はこうあるべきだというのがあるけれども、保育所には指針として方向を示してあるが教育的文言はなく安全第一で建設現場に掲げてある標語みたいなものである。
私が危惧しているのは幼稚園救済措置でできたものだと思っていた認定こども園が実はそうではなく専業主婦たちを外に出して働かせる手段であったことである。これはまさしく親と子供が一緒にいる時間を短縮し、労働者として賃金を得ることによって多少なりとも国民総生産を上昇させようとしているものだ。それは国力として国際的には認知されるから、政治家には都合の良い話だろう。しかしそれは近視眼的である。幼児期に親との愛着の時間が少なかった子どもと十分にその時間を与えてもらった子供の将来についての結果の報告がある。それは文科省も厚生労働省も知っているはずだ。この親子切り離し政策がもたらす将来的悪影響は底が知れない。
認定こども園ができてから、保護者の働き方の色分けが鮮明になった。いわゆる1号認定・2号認定・3号認定というものである。3号認定は3歳児未満で親が共働きか片親。1号2号は週にどのくらい働いているかで決まる。共働きの場合には問題なく2号認定である。また専業主婦は1号認定である。
この認定は10月より施行される保育料無償化による便宜上の色分けである。働いている保護者に手厚く預かり保育などの保育料などが無償あるいは大きく軽減される。だから今度は新2号ができるようになった。
こんなことを行政側でいとも簡単に制度を作っているけれども、現場は混乱しっぱなしである。まず私が言いたいのはこの制度ができて2号新2号でも預かり保育は保護者の権利ではないということである。権利が生じると片方では義務が生じるけれど、あおば台幼稚園は建学の精神として「子供中心主義の保育」を掲げてきた。この保育理念を大切に幼稚園運営をいままで続けてきたので、それに支障が出てくることがあれば何か方法を考えなければならないと思っている。だから行政の決定を義務とは思っていない。大切なことは目の前お子どもがこれで幸せなのかということだ。
思い返せば幼稚園運営が苦しくなって認定こども園ができこれに救われた園も多くあったことは素直に認めざるを得ないが、幼稚園に相談もなく幼稚園行政の独走によって預かり保育などの時間の延長などそこに働く保育者に過酷な労働を強いることになった。それでなくとも保育者特に幼稚園教諭は、幼稚園に早く出てきて昼休みもなく働きずくめである。薄給の上過酷な労働であるが故に保育者になろうという学生が激減している。そうなると行政は通常の給料に処遇改善という名目で補助金を出すことになった。それでも一般企業と比べると少ないということで処遇改善Ⅱというのができた。お金を出せば解決できるという思いはこの社会の習わしでもあるけれども、我々には使命というのがある。

2019年5月15日水曜日

プレイデイ

土日と素晴らしい天気に恵まれて初等中等学部の校庭を借りてプレイデイを行った。場所が広いから何でも出来そうな気がする。ただ交通アクセスが少々難題のような気がする。あの大きな滑り台は初等学部のファミリアが作ったものだ。テーマが公園で公園にあるものを調べ、自分たちで作れるものを考え出し、木材でつくる専門の職人さんを探し出して、その人をみんなで『師匠』と呼び一緒になって汗水を流して作ったものだ。ファミリアの予算を上手に使って、職人さんへの支払いや、ジョイフル本田で買った木材など几帳面に計算して出来上がったものだ。山になった土は川を掘った時の土をうまく利用して、T教師がダンプで運んで出来た。場所の選定では最初は遠慮しながら校庭の隅の方に作る予定だったが、あまり隅の方では意味がないのでもっと校舎に近い方がいいのではないかと言ってあの場所になった。作っている時の様子がB棟の2階へ上がる階段の側面に掲示されている。幼稚園の子どもたちには最高の遊びが出来る。学校に着くなり滑り台のところは長蛇の列で見物人も二重ぐらいの集まりで活気があった。もっとも遊ぶものと言えば滑り台ぐらいのものだったけれど。

朝早くから駐車場の整理などのお手伝いをして戴いた親父の皆様いつもいつもありがとうございます。心から感謝申し上げます。

2019年5月10日金曜日

交通事故

幼児や小学生が巻き込まれる事故が多いのではないか。引率していた保育者は道路側に立ち、子どもたちを常にかばうようにして歩いていたと、園児たちを見ていた周りの大人たちは言っていた。保育者に過失はなかろう。保育園の園長にも過失がない。にもかかわらず記者会見でのレポーターだか記者の質問はまったく的を得ていない。応える側が可哀そうだ。あのような状況の中で記者会見に出てきた園長は偉い。心の中はズタズタであったろう。絶句する以外に手立てはないであろう。園長にはまったく過失がなかったとはいえ事故があった保育園の園長だから、何がなくても自分を責めているはずだ。自分が犯した罪のように重い苦しみと悲しみが一緒に襲ってきている。
亡くなった保育者と二人の園児に衷心より哀悼の意を表します。また事故に遭われた保護者の皆様にその胸中を察し、重くのしかかったその悔しさや哀しさを少しでも分かち合いたいと思います。

私の幼稚園や保育所では今回の痛ましい事故によって、保育者が委縮しないように子どもたちの生活に最善を尽くすように心がけるようにしていくことを確認する。


2019年5月7日火曜日

長すぎる10連休

10連休もやっと終わって今日から普通の日に戻った。4月の初めに入園式があって1か月もたたないのに、すぐにまた10連休があるなんて、幼稚園や幼児関係施設では4月の初めに戻ってしまう子もいて、てんやわんやというところも多いだろう。ここも例外ではない。突然「ママ―!」と叫んで泣き出す子もいたり、食事の時に「食べない」と言ってホールで立ち尽くす子もいる。実にほほえましい姿である。
ところで10連休どうして過ごしていましたか?。私はまるで引きこもりになってしまったようで、女房の実家に1日行ったきりであとはずっと家に引きこもっていた。本を読もうにも何度も元に戻って読まないと完結しないので、なかなか先に進まない。海馬が衰えてしまって読み返さないと意味が分からなくなってしまったのだ。これからは新しい知識を得るのが難しくなっていくようだ。寂しい限りである。
私は約40年前に日本一の幼稚園を作ろうと、ありとあらゆるコネを使いこの道に精通した人を探したり、大学教授に出会って勉強したりもした。日本一などと非常に抽象的でつかみにくい目標であったにもかかわらず、世間知らずである自分にとっては自分を鼓舞する目標には充分であった。暗中模索の中で勉強するわけだけれども、筑波大の故杉原先生は私を普通の学生のように接してくれて、モノを知るということがこんなに楽しいものなのかということを教えてくれた。自分でもまたこんなに勉強が楽しく感じられたことはまるで自分ではないような気にもなった。それもそのはずだ。学校での授業とは全く縁がなかったのに毎日新たなことを知るということに胸が高鳴ったのだから、人生観が全く変わってしまった。授業は良い先生に出会わなければ不幸だ。これは学校の教師だけではない。人生においては素晴らしい友を得なければならない。
何故に今までの話が10連休と関連があるのかと問われてみるとまったく脈絡が途絶えているけれど、年寄りなんてこんなものだ。これからは嫌われないようにしながら『年寄り』を言い訳にしながら生きていこう。

2019年4月18日木曜日

散る桜1年たてば桜咲く

3日前に学校の株立ちの大きな桜が見事に満開になった。今日はもうだいぶ散ってしまってはげ山の木が立っているようだ。それでもどしっとしていて木陰にいる小学生を優しく包んでいるような気がする。家のつつじも若い芽が息吹いて、もうすっかり春になったことを主張している。今は柔らかい日差しが差し込んでいるけれど、あとひと月もすると強い日差しがいたるところに入り込んできて、冬の冷たさが恋しくなる。桜の花も咲き誇っている時間が短いけれど、春という季節も心に留め置くこともできないくらいさっと過ぎていってしまう。
春の陽射しの柔らかさは、幼児のさよならする手の柔らかさに似ている。私が出かけるときに、ちょうど2階への手すりのところで、何人かが固まって大きな声で何かわめきたてている。私の名前を呼んでいるのか、さよならを言っているのか、みんなで同時に声を上げるから何を言っているのかさっぱり分からない。それでも子どもたちは自分の想いが通ればそれで意思の疎通ができたと思っている。何を言っているのかが分からなくても、思い切って大きな声を張り上げることができるということは、伝達方法がよく分かっていることだ。もじもじしているのではなくて元気があってとてもよい。

2019年4月12日金曜日

必ず咲く桜

初等中等学部から二つの幼稚園まで新入学児童や新入園児がでそろって、幼稚園の園庭にはたくさんの子供たちの活気で溢れている。初めて幼稚園に来た園児の中には不安そうにしている子や、サイレンのような泣き方をして保育者を求めている姿もある。なかなかスムースに入れない子でも、あと2日もすればにこにこして幼稚園の主のような振る舞いに代わる子もいるから心配はいらない。新入園児が私の手をとって『あそぼ』と言ってきたので、『何して遊ぶの』と聞いてみたら『かくれんぼ』という。『かくれんぼ』は私にはあまり意味のある遊びではないけれども、子どもたちにはコミュニケーションの手段としてすぐに思いつく遊びなのだろう。
目標や希望に向かっている人は目が輝いて見えるとよく言われるけれど、幼稚園の子どもたちは全身を使って輝いているではないか。人が輝くのは希望や目標に向かっている時ではなくて、幸せを満喫しているときなのだということに気づく。憂いなく幸せを感じている姿は、見ている側の心を幸せに導いてくれる。だから子どもたちといるときは幸せなのだ。初等学部の校庭にある大きな株立ちの桜はまだ満開にならない。この近辺では一番遅く咲く桜だ。しかしながら、必ず立派に咲いて何処よりも見事に咲き誇る。ゆっくりでも必ず立派に咲き誇る姿が何とも学校を暗示しているかのようだ。

虐待の定義

親の身勝手な『躾』と称する暴力によって無残にも尊い命が奪われてしまった。過去にも何度もあった話であるのに、悲惨な状況が是正されない。5歳の子供は言葉もしっかりしていて、何度も親に許しを乞うている文が見つかっている。しかも親に書いているのに丁寧語で書いている。親に対していかに恐怖を...