犬の遠吠えじゃないけれど、いくら吠えてもどこへも届かない。後先いくらでもないのにもっと憂いもなく静かに暮らしたらどうなのかと思うときがある。決して心配症でもないのにあちこちが気にかかる。歳のせいだと思うのも面白くない。
最近読んだ本に日露戦争で勝利した日本に対して、米国ではいつか日本と衝突する時があると思っていた政府高官が幾人もいた。第一次大戦の後にドイツで起こったナチスの台頭で、また欧州が戦火の波にのまれてしまう。当時米国国民は厭戦気分でいた。だから英国やフランスの米国の参加要請にもずっと断り続けていたのだが、どうして急に戦争に参加したのか。ルーズベルトはすぐにでも参加したかったけれども、国民を説得するだけの材料がなかった。
しかしアジアに目を向けてみると日独伊の三国同盟を結んだ日本に対して少し嫌がらせをすれば、米国参加の糸口がつかめるのではないかと、時の国務長官であったハルノートというものを日本に突き付けた。それは満州・中国からの日本軍の撤退を要求するものであった。当時の中国には特に南京には外国人居留区があって、各国の軍隊が駐留していた。何故日本だけに?そこにとんでもない米国の思惑があった。
もともとルーズベルトの先祖には母方か父方かは定かではないが、中国のアヘン戦争で莫大な財をなしたものがいて、その権益を米国が狙っていたという事実がある。だから到底のめそうもない要求を日本に突き付けたのだ。連合国の経済封鎖によって、とうとう日本は戦争に踏み切ってしまったが、真珠湾攻撃以前に何度も話し合いを持とうと努力したのだが米国はそれを無視し続けた。こうしてみればどちらが先に喧嘩を売っているかは明白だろう。
そんなことが最初に分かっていれば苦労はない。このハルノートというのはのちにチャ-チルもマッカーサーも宣戦布告のようなものだと言っている。またこのハルという人はルーズベルトの腹心と言われているが実はスターリンとも親交があり、社会主義志向者でそのご謎の死を遂げた。ルーズベルトは戦中になくなったがヤルタ会談などの詳細が分かれば、本当にこの戦争が馬鹿げたものであったかが分かる。バカだったのは日本だが。
周りの田んぼの稲穂が重たそうに垂れ下っているのを見る時、学校の田んぼはまだ青いのでいつも気になっていたけれど、最近稲穂が生長してきてまずは一安心。必ず周りと同じ稲穂になって立派な白米になると信じている。頑張っているよ。