2019年5月7日火曜日

長すぎる10連休

10連休もやっと終わって今日から普通の日に戻った。4月の初めに入園式があって1か月もたたないのに、すぐにまた10連休があるなんて、幼稚園や幼児関係施設では4月の初めに戻ってしまう子もいて、てんやわんやというところも多いだろう。ここも例外ではない。突然「ママ―!」と叫んで泣き出す子もいたり、食事の時に「食べない」と言ってホールで立ち尽くす子もいる。実にほほえましい姿である。
ところで10連休どうして過ごしていましたか?。私はまるで引きこもりになってしまったようで、女房の実家に1日行ったきりであとはずっと家に引きこもっていた。本を読もうにも何度も元に戻って読まないと完結しないので、なかなか先に進まない。海馬が衰えてしまって読み返さないと意味が分からなくなってしまったのだ。これからは新しい知識を得るのが難しくなっていくようだ。寂しい限りである。
私は約40年前に日本一の幼稚園を作ろうと、ありとあらゆるコネを使いこの道に精通した人を探したり、大学教授に出会って勉強したりもした。日本一などと非常に抽象的でつかみにくい目標であったにもかかわらず、世間知らずである自分にとっては自分を鼓舞する目標には充分であった。暗中模索の中で勉強するわけだけれども、筑波大の故杉原先生は私を普通の学生のように接してくれて、モノを知るということがこんなに楽しいものなのかということを教えてくれた。自分でもまたこんなに勉強が楽しく感じられたことはまるで自分ではないような気にもなった。それもそのはずだ。学校での授業とは全く縁がなかったのに毎日新たなことを知るということに胸が高鳴ったのだから、人生観が全く変わってしまった。授業は良い先生に出会わなければ不幸だ。これは学校の教師だけではない。人生においては素晴らしい友を得なければならない。
何故に今までの話が10連休と関連があるのかと問われてみるとまったく脈絡が途絶えているけれど、年寄りなんてこんなものだ。これからは嫌われないようにしながら『年寄り』を言い訳にしながら生きていこう。

能登半島

   能登半島でM7の巨大地震があるなんて夢想だにしなかった。正月に「昨日と同じ朝が来る」なんて不謹慎なことをかいてしまった。まさかそのあとで能登半島に大きな地震が来るなんて悔やみきれない。今日時点で死者数が202人となった。行方不明者がその200人を超えている。これからまだまだ...