毎年この日は来る。借金取りに追われる夢を見なくなっただけ素晴らしい日を過ごしていることは確かだ。30代前後のころは大変だった。眼を開けるのが嫌だったぐらい現実に戻るのだ怖くて、このまま知らないうちに時が過ぎてくれればよいとか、飛行機が銀行の上に落ちて借用書がみんな消えてしまえばいいなと真剣に思っていた。誰でも事業家はこんな経験が一度や二度あるのではないかと思うが、とにかくほかの人の迷惑も考えないで勝手な妄想にふけっていた。そんな時期を考えてみれば全く今は天国にいるようなものだ。
また少し経つと誕生日が来る。誕生日 冥土の旅の一里塚 うれしくもあり 寂しくもあり とは全くうまいことを言ったものだ。うれしいなんて気持ちはもう何十年も味わったことはないけれど、なんとなくはかない人生をにじませている句で、この時期になるとふと思い出す。手のひらを広げて「いくつになったかな」なんて指折り喜んでいる子どものあどけなさに心がジ~~ンときて動けなくなってしまう。
先日幼稚園のおやじたちと忘年会らしき場所に誘われて同席させていただいた。大体このような集まりで子供のことを堂々と話す親父は子煩悩に違いない。案の定子どもの話をしたらとどまることを知らない。いいおやじたちだ。ちょっと待てよ。「おやじ」というのはやめてくれと言っていた若いおやじがいた。この代名詞ではないもう少しスマートな言い方にしてほしいと。幼稚園を変えたくないから横浜まで通っているという父親の話をダイレクトに聞いた。胸が詰まって言葉も詰まってしまった。「もう歳だから」などと弱音を吐かずに、子どものために一生懸命働いている父親のためにも子供たちのためにも、もう一度原点に帰って頑張らなければならないと、密に誓った。
来年もよろしくお願いいたします。