朝から小雨がぱらつくような空模様である。そのうち雨がやんで少し日差しも見えるようになってきた。「子供たちの熱気」でお天道様も遠慮がちのような気がする。結局外でやる出し物はすべてできたし寝るまでにすべての予定をクリアした。保育者も子供たちもたった一日の中の短い時間だったけれど十分に堪能できた。
飯盒でご飯を炊き燃える日をじっと見つめながら、子供たちの頭の中はどんなことを思いめぐらしているのだろうか。しばらく一緒に火を眺めていると、突然子供が立ち上がり外水道のところへ行って水を出し、今度はその水をしげしげと眺めている。私にはわからないが子どもの頭の中で何かを発見したようだ。
子どもたちのやることなすことにいちいち答えを求めなくてもよい。その事象を大切にしてあげることだ。
朝のお迎えのころにはまた雨が振り出してきた。お泊り会が無事に終了したこともあって、保育者の中には安どの空気が漂っていた。お迎えに来た保護者の皆さんにはなかなかスムースにいかない様子をお見せしてしまったが、一つの大きな行事が終わってコロナに負けないでやり通したことが何よりもうれしい。
政府はGOTOキャンペーンをごり押しというか国民の半数以上がコロナ感染の拡大している時期に何を血迷ったことを言っているのかという反応である。安倍内閣の末期的症状の様である。後手後手の政策にあきれてしまって、だれもが政府の政策に疑問を投げかけている。そのうえ、外国人観光客を徐々に呼び込もうなどとのたうち回っている。まずはコロナ感染の縮小だろうが。国があれば経済の復興はどうにでもなる。それは「生きよう!」とする人間の意思の表れだ。コロナ感染はそうはいかない。悪魔の手が姿を現さないで忍び込んでくる。なぜ東京はいつまでも感染拡大をしているのか。日本の首都がそのようなことでは他国から人々をお呼びするなんて詐欺行為ではないか。
安倍総理のお友達政府も終焉の時が来たのだ。とはいえ次の人はだれがなる?。有望株だった鳥取の人は一時は気骨を見せていたが、今では阿部に近い人を取り込もうとして男芸者に成り下がってしまっている。よく見てみるとあとこちに忖度しているではないか。