2020年11月9日月曜日

幼小連携ということ

  幼小連携というのは10年も前に言われていたことだが、どのように手を付けてよいのかわからなかった。文科省の上意下達のようなもので出来上がるけれど、もともとの発端は小学校へ上がったばかりの新1年生が、落ち着きがなく集中力がなく学級崩壊に近い状態が続いたということから始まった。それは幼少共に学校理解や幼稚園理解が足らないのではないかという漠然とした結論しか出てこなかった。中には一方的に幼稚園での自由保育が原因だなどという根拠にもならないことを言っていた教育評論家もいた。それは発達理解を正しく認識していない所業であると今なら堂々と言える。その当時も、保育でいう「自由」を分かっていないと憤慨していたものであった。「自由保育」は当時ではとてもマイナーな保育形態であって、あおば台では「自由保育」とは言っていなかったし、多くの人たちが「自由保育」を理解できないでいた時代だ。 

 そんないわくつきの幼小連携のプログラムが、土浦市の教育委員会の手によって立ち上げられることになった。教育委員会の二人の校長経験者が中心となって模索していたところである。幼稚園側としての窓口が私であるけれども、どの辺から始めたらいいのか見当がつかなかったが、二人の校長経験者のインテリジェンスに委ねて、スタートカリキュラムだかアプローチカリキュラムらしきものができる運びとなった。

 当園では12月5日に初等学部で、初等学部の1年生から4年生までの生徒主導による幼小交流を行った。幼稚園の人数が多くて小学生はまとめるのに大変だろうと思っていたが、それは単なる危惧に終わってみんなで楽しくできた。幼稚園の子どもたちは、小学校のお姉さんやお兄さんの話をよく聞いてニコニコしていてとても楽しそうな笑顔を見せていたし、小学校の児童はとても礼儀正しく、驚くほど好印象であった。食事をしてみんなで外へ出て遊びだすと、小学校児童が造った滑り台がとても人気があって、その周りには長蛇の列と一重二重の群れができた。初等学部は最近行かなくなってしまったが、久しぶりに行っても、子どもたちは礼儀正しいし、何よりものびのびしていて子どもたちが子どもらしくしているとても素晴らしい学校だとしみじみと思った。本当はだれでも行きたくなるような学校だと思うけれども、まったく当てのない受験に捉われている家庭には不人気だ。今を幸せに生きられなくては将来も幸せにはなりにくいだろう。

 アメリカではトランプが負けた。どちらも傷だらけの戦いになってしまったが、トランプ氏もバイデン氏も醜聞が絶えなかった。日本ではここまではやらないだろうというのがある。アメリカの大統領は世界の大統領みたいなものだから、トランプ氏も往生際が悪い。往生際の悪いのは日本も同じだ。自民党が担ぎ出した参議院の夫婦も買収で逮捕されていながら、歳費を受け取っている。次に立候補してもほとんど返り咲くことはないだろうが、自分からは辞めない。議員は自分から辞めないなら、IR汚職を含めて逮捕された時点でいったん議員辞職をして次に審判を受けたらいい。日本学術会議など国民的疑問でないことに時間を使わないで、このことをはっきりさせた方が国民の意思に沿うことになるだろう。議員は法律を盾に仲間には非常に甘い。まるで自分を弁護しているようだ。佐川という官僚のこともこれで決着などとあまりにも国民をなめてやしないか。

 





 

能登半島

   能登半島でM7の巨大地震があるなんて夢想だにしなかった。正月に「昨日と同じ朝が来る」なんて不謹慎なことをかいてしまった。まさかそのあとで能登半島に大きな地震が来るなんて悔やみきれない。今日時点で死者数が202人となった。行方不明者がその200人を超えている。これからまだまだ...