2021年9月30日木曜日

子どもの凄さ

  何の意味があって駆けずり回っているのか。よく分からないけれど、駆け回っていることがどうも好きらしい。子どもの躍動感をじかに感じる時がこんな時だ。息を切らしながら、もう疲れたのではないかと思っていたら、にこにこしながら次の目的地に向かう。そこの目的地に何があるのかと探ってみても何も見当たらない。ただ駆け回っていることに彼なりの楽しみがあるのだろうな。大人には理解できないけれど、我々もこうした時間の使い方をしていたのかもしれない。何の煩わしいこともなく、悠久の時間を堪能している。こんな時間は今しか使えないからもうしばらく見ていようと思っていたら、仲間が現れた。そして最初にいた子が次の子になんやかんやと指図をしている。そして後から参加した子は右手を挙げてOKのサインをして同じように駆けずり回る。ただぐるぐると駆けずり回っているのではなく、子どもたちの中には一定の約束事があるようだ。面白い。

 大変なニュースが入ってきた。一度テレビでも放映されたことだが、東京福祉大学というところの留学生1600人が行くへ不明になったと。一度聞いたことだが、その後の行くへはわからないし、メディアも追及していない。このベトナム人についてはあまり良い噂は流れていない。留学生をあっせんするブローカーがいて、日本に行けば金になるなどと言って、日本へ行くための資金を5万円から25万円を徴収するらしく、借金をした分は日本で働いて返せばよいということだ。まるで奴隷商人である。なんと留学ビザで日本にきているべトナム人は12万人にも上る。こんなことは、日本では移民の受け入れはしていないのに、政財官がグルになってやらなければできないことだろう。日本ベトナム協会の会長が自民党幹事長の二階さんだ。その前が小泉総理の時の幹事長武部さんだ。どちらかが噛んでいることは確かだ。そうでなければこんな大掛かりなことはできない。二階さんにはまだ黒い利権の噂があるが、いずれ明らかになって日本人の恥になるだろう。メディアがこれを突っつかないのはどうしてなのか、藪蛇になるのだろうか。二階さんの周りにいる政治家はみんな何らかの利権に絡んでいる。そのように見て間違いはないだろう。82にもなってこんな恥ずかしいことを、何のために政治家になったのか。問う気にもならないけれど。

 「秀吉の4枚の手紙」というのを聞いたことがありますか。ヨーロッパでは大航海時代と言っていた1506年ごろ侵略対象国の分割方式を取り決めた「トリデシアル条約」というローマ教皇による裁定があった。その頃正確な世界地図があったのかどうか定かではないけれど、スペインやポルトガルによる侵略略奪競争が激しくなってきたのを機に、教皇が裁定を下したのだそうだ。その中に日本が入っていて、領土分割に勝手に線引きをしたのだそうだ。白人社会がいかに傲慢であったのかがうかがい知れる。

 信長の時代に鉄砲伝来があった。信長はいち早く堺の商人を呼んで鉄砲2千丁を作らせた。鉄砲伝来のポルトガル人も、スペインの宣教師フランシスコザビエルも「トリデシアル条約」によって新たな侵略地を探しに来たスパイであった。ただの宣教師ではなくてキリスト教を布教しに来ただけではなく他に重大な密命を帯びていたのだ。日本征服の足掛かりを探すために、九州の若者男女を買い奴隷としたのである。それを知った秀吉は、フィリピンを攻め落としたスペインの提督に対して、「われは今高麗を攻めているが、それが終わったらシナを攻め落とす。シナはルソン島とそれほど遠くはない、旗を降ろして我に従うかを応えよ。この話を本国の皇帝に伝えよ」というものであった。また「宣教師は活動を止めて本国に帰りなさいという命令に背き隠れて布教をしていたので、すぐさま捕らえて殺した。これも本国の皇帝に伝えなさい」。これは1595年前後の話で、秀吉が病に伏す時代である。フィリピンを抑えた提督は恐ろしくなって本国へ援軍を要請した。それ以後イベリアの軍隊はフィリピンから北を目指さなくなった。日本が弱い国であったなら260年もの間鎖国を続けることはできなかったろう。大航海時代の欧州列強と渡り合えるのは、アジアでは日本だけだったのである。

能登半島

   能登半島でM7の巨大地震があるなんて夢想だにしなかった。正月に「昨日と同じ朝が来る」なんて不謹慎なことをかいてしまった。まさかそのあとで能登半島に大きな地震が来るなんて悔やみきれない。今日時点で死者数が202人となった。行方不明者がその200人を超えている。これからまだまだ...