2022年12月9日金曜日

日本人の文化

  日本人には日本人の文化がある。日本人は日本人の文化をかたくなに守らなければならない。私たちのDNAはユーラシア大陸で育ってきた人たちと全く違うのだ。また一信教国家が育んできた人類の文化とは全く違うから、ユーラシア大陸の人々とは育った環境が違う。だから人生観も違うのは当たり前のことだと思うけれど、海外ではどうだこうだと、あたかも日本人が文明から取り残されて行くみたいにマスコミがはやし立てる。多少外国のことを知っているような人が、それに輪をかけて宇宙人みたいなことを言う。自分たちの文化を卑下するような人物が現れてきて、それが先を行く文化人のような非国民に似た言動をすると、軽すぎる日本人がそれに同調する。それは社会に対する公徳よりも、個人を大切にする利己的な社会性だ。それがうまく社会に浸透して幅を利かせるようになってきた。日本人にはユーラシアの人たちと違う「美徳」というものを、たぶん縄文の時代より大切にしてきたのではないか。日本人ほど世界に冠たる美徳の持ち主はいない。

 こんな話がある。明治の開花のころ日本に旅行に来た外国人が東北の方に行ってみたいと言って、余分になるであろう金銭を旅館の帳場に預けたが、その帳場の人がひょいと後ろを向いて無造作に預かった金銭を背中の引き出しに入れたのを見て心配になった。しかし3~4日の遠出であったが、帰ってみると無造作に置かれてあった紙入れが、そのままの姿であった。外国の人の日本での旅の経験ではこんな話もある。旅館を出て何日か経ってふと財布がなくなっていることに気づき、旅館に帰ってから旅館の主人にその話をすると「届いてますよ」という話でびっくりしたそうだ。旅先で乗った車引きの車夫が、お客の宿泊している旅館を探し当て届けてくれたそうだ。

 まったく近い話では、東日本大震災で福島原発で活躍してくれた多くの人々の美談がある。これを美談だと言ったら当事者たちには叱られるかもしれないけれど、まず原発の当時の責任者であった吉田所長。彼はがんを患っていてのちに食道ガンでなくなるけれど、当時のドキュメントを編集したものを見ると、彼の責任感の強さと部下を思う気持ちと孤独さに耐える人間力とに感服せざるを得ない。自衛隊の活躍もすごかった。この時の隊長はイラク戦争で派遣された人だ。事故後の跡片付けだけではなく原発の建屋に入っていくにはどれだけの勇気がいるだろうか。途中で水素爆発が起こり逃げ場のない隊員たち。何を思ったのだろうか。東京消防庁のレスキュウ部隊もそうだ。とにかく炉心を冷却しなければならないということで、日本で一番長い「キリン」という放水車を運用しているのが東京消防庁で、上司から「いってくれ」と頼まれて、誰もが使命感に燃えた。女房のおなかの赤ちゃんのことが心配だったという団員も「行ってきて」という看護師の女房に背中を押され活躍した人もいる。このように個人が入る余地がないのが日本の社会だ。働き方改革もよいけれど、人として生きるに価値のある美徳を失ってはだめだ。

能登半島

   能登半島でM7の巨大地震があるなんて夢想だにしなかった。正月に「昨日と同じ朝が来る」なんて不謹慎なことをかいてしまった。まさかそのあとで能登半島に大きな地震が来るなんて悔やみきれない。今日時点で死者数が202人となった。行方不明者がその200人を超えている。これからまだまだ...