2023年1月20日金曜日

愚痴

  「愚痴」とは愚かさが二つもつながっていて同意連語とか熟語とかいう。あまり良い言葉ではなさそうだ。経営者とは死ぬ寸前まで考えなければならないことが山ほどあるものなのか。最初に始めた個人の経営者とはだれに頼まれたわけでもなく自己決定に基づくものだから、何があっても愚痴などこぼすものではないだろう。いやならやめればいいことだから。とは言え社会的責任があるから、始める時とは違って実績を積めば積むほど抜け出られなくなる。これを何というのか。そうだ!「蟻地獄」だ!。もがけばもがくほど足を引きづられるようにして深みに落ちていく。何とも暗くて嫌な言葉だ。

 与えられた仕事をこなしていくということは、使命を全うしていくことだろうし、仕事そのものに使命が溶け込んでいるものだ。使命を抜きにして仕事は考えられない。使命を果たさない仕事というのはない。誰もがそう思っていることに異存はないだろう。しかし最近仕事の使命そのものに重さとか軽さがあって、それが個人差となっていく。最近の労働基準法の労働者擁護の姿勢に余りあるものがある。なぜなら働く人の究極の願望はなるべく働かなくて給料を他より多くもらえるというのがその目的だから、そんなことで日本の大切にしていた文化が守られるのだろうか。早い話が京都の古い文化などは縁の下の力持ちとか、人知れず懸命に働いている人たちがいるから持続し守られて行くのだ。何が言いたいのかというと、偏屈な個人主義におぼれずに、もっと広角レンズのように世界を見て他に尽くせと言いたいのだ。自分の周りだけを見ていると、いざという時には誰も振り向いてはくれない。そのような助け合いの長屋文化が日本を支えてきたのだ。

 謙譲の精神とか、互譲の精神とかいうものが死語になりつつある。社会主義はロシア革命によって生まれたものだが、労働者階級の階級闘争と言われている。しかしその中でも医者や弁護士、教員は労働者には含まれなかった。特筆すべきは女性の炊事洗濯などは女性を労働者として扱ったことだ。女性の労働者階級からの解放と資本家や貴族からの解放である。その結果社会主義は70年余りでソ連の崩壊とともに消え去ったのである。中国共産党やいくつかの共産主義国家があるけれど、彼らは共産主義とうたっているけれどその内実は独裁である。抑圧のある政権は長くは続かない。今資本主義国家が民主主義国家ととうたわれているけれど、これも制度疲労を起こして崩壊していくだろう。ではこれからどうなるのか。誰にも分らないだろうけれど中国は長くは続かないことだけは分かる。この先宇宙人にでも地球を収めてもらうしかないのではないか。

能登半島

   能登半島でM7の巨大地震があるなんて夢想だにしなかった。正月に「昨日と同じ朝が来る」なんて不謹慎なことをかいてしまった。まさかそのあとで能登半島に大きな地震が来るなんて悔やみきれない。今日時点で死者数が202人となった。行方不明者がその200人を超えている。これからまだまだ...