2022年2月28日月曜日

年寄りになってしまったけれど

 物理的な年齢はすでに赤いちゃんちゃんこの時代はとうに過ぎている。気持ちだけはまだまだ青年であるような気持ちでいるが、肉体的な衰えは隠しようがない。ロシアがウクライナに戦争を仕掛けた。ウクライナと言えば黒土地帯で世界でも有名な小麦の産地である。プーチンと中国の習近平に挟まれている日本。どちらも暴力的野心家であって日本にも必ず火の粉は飛んでくる。その時どうするのか日本!。尖閣諸島の問題は日本の領土だと言いながら毎日のように中国の海警が自由に泳いでいる。あの周辺の漁師たちは日本の領海なのかどうか疑わしいという。なぜなら日本政府から近寄らないようにというお達しが来ているという。北方領土については解決などの糸口さえ見えない。日本にはちょっと脅しをかければすぐに引っ込むぐらいの気持ちでいる。日本の子どもたちや孫の時代にはどうなってしまうのだろうか。ウクライナがソビエトから離れてウクライナとして独立したときには1900発の核ミサイルがあったそうだが、そのうちの10発だけでも残しておけば今日のような参事は免れただろうにと思う。核は紛れもなく攻め込まれる抑止力になることは明白である。日本の学生は国を守るということについて非常に意識が低い。中国が台湾に入り日本の尖閣や沖縄に入ってきそうなそぶりを見せた時には一体どうするつもりだろうか。何がなんでもこれだけはしなければならないという政治家がいないし、野党など話にならない。ただ日本人は生きてさえいればよいなどとは思っていないだろう。人間は生きていればよいなどというなら人としての価値はない。

 経済はひどい状況に追い込まれている。竹中平蔵のような御用学者に経済の舵取りをさせたから日本の不況は30年にも及ぶ。今こそ総需要抑制などと言わず、国が率先して金をばらまかなければだめだ。まずは消費税の廃止をするだけで消費効果は上がるのではないか。3%の給与の値上げをしたって8%の物価の上昇では話にならないではないか。これからは貧富の差が大きくなって、不満を抱く国民の数が増えるだろう。幼稚園などは保育所と同じ機能を持つ認定こども園の誕生で園独自の幼児集めというのがほとんどなくなった分だけ少しは楽になったが、幼稚園の独自性という点では少し下がったのではないかと思う。これには理由があってこの紙面では書ききれない。

 私の普段の生活を見ていて、いろいろとアドバイスをしてくださる人がいる。私が小学校を作る時に、一緒に運営をしようと思っていた筑波大の故杉原一昭先生が急逝されたときに途方に暮れてしまい、幼稚園の保護者に小学校の運営をお願いしたことがある。その時に他薦でも自薦でもよいのかという質問があったけれど、当然どちらでも結構であると答えたがそのままになっている。 情熱があってぜひともチャレンジしたいという人がいれば一度相談してみたい。勿論独自のカリキュラムを考えている人に限りますけれど、一緒に勉強してみたいと思います。連絡をお待ちしています。

2022年2月7日月曜日

大東亜戦争突入前夜

  1941年11月26日米国ルーズベルト政権のハル国務長官から日本に対しての交渉文書が届いた。あの有名な「ハルノート」である。名前は知っているけれどその内容については調べたこともないという人が多い。「ハルノート」には日本の資源、物資、大陸での正当の権益と、米国にある日本の資産の放棄、石油の輸入の全面禁止など、日本の国益を守るためには開戦するほかに道はないと思えるほど常識ではありえない内容が盛り込まれていた。これは外交文書というよりは「宣戦布告」ではないでしょうか。この「ハルノート」について東京裁判のパール判事は「米国が日本に送った同一の文書を他国に送れば、非力なモナコ公国やルクセンブルク公国でさえ、必ず米国に対して武力をもって立ち上がるだろう」と言ってます。この「ハルノート」は日本を戦争に引きずり込む引き金になったことは歴史を見て明らかですが、ここまで用意周到にできたということは、真珠湾に入る日本軍の動きまで見ていたということにならないか。まるで戦争をだれかの手のひらで計画されていたかの様ではないか。日本の軍部の中や政府の高官の中に日本を売った者がいたのではないか。日本軍が真珠湾攻撃をした時には主要な戦艦が真珠湾を離れていたのは偶然ではない気がする。過ぎ去ったことだとだと言えアドネラリンが噴出してくるような話だ。

 私は今「主権なき平和国家」という本を読んでいる。副題には「オスプレイ墜落、米軍婦女暴行にも何もできない国、日本」とある。沖縄の今は亡き翁長知事が自民党の県議から野党になって知事になったというのがよくわかる。米国と日本の間には米軍との地位協定というのがある。米軍が駐留している国には必ずこのような協定があるけれども、日本は米国におもねている。あの思いやり予算というのも他国と比べると破格である。日本はまだ米国から独立していないのだ。戦後75年もたっているのに、米国と日本政府の間に密約があるのかもしれない。そう思う方が核心を突くことになるのではないか。自前の戦闘機は作れないし、戦力になるものは開発できないでいる。「憲法改正」どころではない。米軍との地位協定を平等にしなければならないだろう。恥ずかしながら不平等条約だ。


2022年2月1日火曜日

医療崩壊なのか

  本来保健所がやらなければならないことを幼稚園の教諭がやることになってしまった。エッセンシャルワーカーでもあるからいざとなればやらなければならないけれど、政府はコロナに関して今どんな状態なのかということを国民に伝えてないではないか。検査なしで医師が陽性か陰性かを判断してもよいなどと、まじめに議論しているのだからすでに崩壊していると言っても過言ではないであろう。平常時に用意ができていないのは政治家や行政の責任である。医者が足りないことは分かっているのに、医師会の要望で医者を増やそうとしない。医者は多いからいらないなどの議論はそもそもおかしいではないか。全然多いなどということはない。日本では無医村などというのがあるしどこの市町村でも医者は必要だ。

 オミクロンがバイオ兵器だったらどうなるのか。戦略兵器は大砲や火薬だけではあるまい。日本の安全保障は抜け穴ばかりで本当に国民を守れるのか心配である。政治家は国民がこれだけ参ってしまっているのに経済のことだけ考えていて、このウイルスの撲滅を考えていない。ファイザーが人気があるなら何もモデルナを使う必要があるまい。一日も早く日本製のワクチンを認可して安心を国民に降り注いでほしいものだ。

 先日第二幼稚園で昨年の暮れに餅つきをして出来上がった伸し餅を焼いて食べた。焼いた餅を醤油につけてのりでくるんだものだ。これは毎年私がやっているけれど大変な人気である。食べ終わった年少さんが4人で私の前に並び「お代わりください!」「お代わりください!」の合唱である。しばらくしても効果がないものだから「まだおなかがいっぱいになってません」と言ってきた。まるで雀の子が親に餌をねだっているようでもある。なんと可愛い風景であろうか。

2022年1月20日木曜日

沖縄が可哀そうだ

  沖縄の米軍は日本の法律を全然無視してやりたい放題ではないのか。米軍との協定はどうなっているのか。嘘偽りなしに国民の前にさらけ出してほしい。きっと国民が唖然とするような内容が込められているのだろう。大体同じ敗戦国であるドイツなどは米国の言いなりでないから、NATOに加盟していてもその分担金は日本の10分の1にもならないだろう。日本の政治家は米国に思寝てばかりだから、さんざんぼったくられている。中国や韓国にもぼったくられている。石原慎太郎のような毅然とした政治家が国政でも欲しいものだ。とにかく米軍との協定書を探して読んでみよう。米軍の沖縄での振る舞いはまるで治外法権の様ではないか。腹ただしいけれど日本の政治家は何をやっているのだろうか。反政府、反自民になるのもよくわかる。だけど日本人なのだから反日になるのは絶対だめだ。

 腹ただしいことは沢山あって、悔しいことも沢山あるけれど、一人でいきり立ったてどうにもならない。時々馬鹿らしくなるけれど、これが黙っていられようかというのがある。

 しかし私たちは日本を次の世代に受け渡さなければならない責務がある。しかも洋々とした未来を感じられるような日本だ。ずたずたになってしまった日本を、子どもたちに渡したのでは絶対にダメだ。私は戦後間もないころの生まれだけれど、戦争に負けた先人を恨んではいない。むしろ命がけで守ろうとした先人を誇りに思う。あの「ハルノート」を読んでみれば誰でもそう思う。

 あのにっこりとした子供たちの笑顔を、そのままにして時代をつないでいきたい。

2022年1月14日金曜日

大航海時代

  歴史というのも欧米中心にできている。大航海なんて言うのは、欧州列強が競って植民地探しをした時代で「大航海」なんて美名をつけるのは奥歯がかゆい。日本は先の大戦で負けたものだから欧米におもねて自分の国の歴史観も遠慮しながら語っているところがある。縄文土器などは焼き物からしても紀元前3000年ぐらい前に焼かれたものだということが調べついているので、縄文時代はもっと古くて長いのではないかと言われている。それでは欧州の歴史よりも古くなってしまうので遠慮してそれよりも新しい時代としている。学者が真実を言わないで日本の歴史を学ぶものはどうなる。大航海時代というのは、欧州列強による「人間狩り」である。人が人を奴隷にするための非人間的な行為を堂々としていた時代だ。やがてそのような人たちの集まりがアメリカに上陸して、同じようなことを始めて新しいUSAができたものだから、蛮族の塊みたいのがアメリカである。そんなアメリカに征服されて、アメリカの思うままに日本の生末を決められてしまった。日本の素晴らしさは景観だけではない。日本魂という世界に類を見ない誇り高い人間性である。いつしか誰かが日本を取り戻さなければならない。その時は政治家でではなく文化人でなければならないだろう。

 歴史の改ざんはあってはならぬものである。隣の韓国みたいになってしまうぞ。しかし昨今の国の議事録の改ざんや、統計の改ざんなど国民に雇われている公務員が議員に忖度し顔色を見ながら平気で不正を働いている。こんな悪代官みたいなものは誰か正義の味方がいて成敗しなければならないのに、本来野党と言われている者たちが立ち上がるべきなのに、彼らもまた悪代官の一味であったなどの脚本ではだれも観る気にもならない。日本は何という闇夜の世界なのか。

 明日から共通テストが始まるという。大学生になるのも大変だ。コロナのおかげで官僚の程度の低さがわかった。政策というのは大部分が官僚が作成するものだから、日本の舵取りというのは政治家ではなく実は官僚たちの合意で決定されているのだ。今回の大学入試のいざこざも官僚の信念のない決定だから、公平さを欠いている。必ず問題が起こるだろう。誰も方向を決められない。決定者がポピュリストだから、あっちこっちと方向が変わる。日本の国の教育は、対比することを教えないから、批判できない。よく「多様な生き方を」などと言っているけれどもそんなことは絶対に許してはいない。国定教科書は全国一律である。出版社は何十社かあるのだろうけれど、内容は国が決めるのだ。義務教育は国が管理しているのだから仕方がないのか。

 子どもは一人ひとり全員が違う。間違いなく違う。そんな子どもたちに一律の教科書を渡して同じように教育しようとすることに何か矛盾を感じないか。小学校を作ってからずっと考えて来たことで、違ったやり方を模索してきた。堀真一郎先生の学校教育が一番自分にはフィットしたのでそれをやろうと思っていたが、なかなか難しいようだった。最近私のところの保護者が紹介してくれた教育の方法で「イエナプラン」というのがあったが、それは私の幼児教育の恩師の久保田浩先生が奈良教育大時代に「吉城プラン」という方法を考えていて、すでに私の中では二番煎じであった。早くこの道のプロになりたいと思う。教育の方法というのは山登りと一緒でいろいろな方法がある。一番大切なのはデューイのいう子ども中心でなければならないということだろう。これをどのように現実化するのかということだ。

2022年1月6日木曜日

明けましておめでとうございます

 明けましておめでとうございます。

 昨日から幼稚園は始まっている。昨日は両園ともに2学期の総括をして3学期に備える。幼稚園の各クラスの実践記録が楽しくて面白い。子どもたちをよく見ているということがわかってよかった。

 今年は憂いのない楽しい1年にしたいものです。経営者である以上憂いは外せないだろうけれど、なるべく煩わしいものは遠ざけて、身近にいる人たちの楽しさや幸せを考えて生きていきたい。もういい加減に不惑の年だから、ゆっくりと静かにしていたいものだ。

 ある高校の同窓会紙のレポートに歴史についての意見が載せられていた。高校時代は「カマクラーズ」とか「ムロマチスト」などと日本史に傾倒していたが、大学へ入って歴史を選択することはなかったという。そもそも「過去がある」という証拠はどこにあるのだろう。過去はもはやどこにもないではないか、本当にあったかどうかどうやって確かめるのだろう。などと言って歴史について懐疑的なことを言っている。ちなみに投稿した人は東大の哲学の名誉教授であるので一語一語に説得力がある。哲学と言えば真理を追及する学問であると凡人は理解するけれど、彼は学者でありながらそのような概念を持ったことは一度もないという。歴史を簡単に放り投げてしまう最高学府の学者がいるので、多少の戸惑いがあるけれども私は歴史が好きだ。しかもいい加減なあてずっぽうな歴史観を言っている歴史学者について、訂正できるものならしてみたいと思っている。

 私は司馬遼太郎の「竜馬は行く」「坂の上の雲」だの時代小説が好きでよく読み耽ったものだ。しかしあれは歴史小説ではないということが歳を重ねることに分かってきた。不思議なことに竜馬は軍艦を買ったり、多くの武器を長州に流したりしていたけれど、その代金はだれが支払っていたのか。長崎のグラバー邸の二階には彼らをかくまう部屋があったとか言われているけれども、この時代になっても明らかにされていない。いまさらそんなことが明らかになっても日本の歴史については何の変化ももたらせないというのだろうか。「船中八策」はその後どうなったのか、西郷はそれを見逃したのか。歴史の面白さはそんな細分化された読む側の個々の思いが楽しい。学者として、教える側にいたのではそうもいかないのだろうけれど。

 日本に「鎖国制度」をもたらしたのは誰なのか。当時は全国的にそれを発令したのは誰なのか。「鎖国」という言葉は後になって歴史学者が言った言葉ではないのか。秀吉も、家光も使ってはいない。当時はスペイン人やポルトガル人がキリストの布教に来られて、その人たちの随行者が日本人を奴隷として本国に連れ去っていってしまうということがおきて、秀吉が激怒して本国へ(当時のスペインの基点はルソン島)帰してしまったということがあったが、すべての外国人ではなかった。それにしてもスペイン人はとんでもないことをしていた。それでも秀吉や家康は外国と交易がしたくて仕方がなかった。だから鎖国なんてするはずもない。また外国から攻め込まれるのを防ぐために鎖国をしたなんて言うのも真っ赤な嘘だ。大航海時代であっても、東洋の真珠と言われた日本にあこがれを持っていたけれども攻め取って植民地にしようなど思う国はなかった。日本にはそれだけの国力があったし、当時から強国であったのだ。

 今年も面白く楽しくやっていこう!。

2021年12月30日木曜日

おかしな話

  欧州ではオミクロンが猛威を振るい大変なことになっているらしい。特にフランスやイギリスでは感染者が20万人を超した。フランスとイギリスというと中世に100年戦争をやってとても仲が悪かった。だからフランスのマクロン大統領が今頃になって鬼になってイギリスに仕返しをして鬼マクロンとなったのが、イギリスに着いたらオミクリロンになって猛威を振るっているらしい。日本にとび火した鬼マクロンは、日本得意の忖度でマクロンに「お」をつけて丁寧語で返して「オミクロン」になってこれから猛威を振るうらしいが、なにも日本にまで来て英仏戦争をしなくてもよい。今のところ「オミクロン」は強い毒性はないと言われているが、ウイルスは気まぐれだから十分に気を付けよう。

 地球温暖化などと言っているけれど、これには少しばかり懐疑的だ。北極の氷の話ばかりしているけれど、南極では氷が増えているという。ホッキョクグマも数が増えている。それにこの寒さは何だ。地球は太陽の周りをまわって公転しているけれど、地球誕生から46億年何があってもおかしくはないではないか。地球の地軸も反転を繰り返したという証拠があるらしいではないか。サハラ砂漠でさえ昔は緑地帯であったと言われている。地球温暖化と言って何とかどこかの小さな島が沈んでくれないと困るような学者が大勢いるのではないか。私が気になるのはオーストラリアのオゾンホールの話は一体どこへ行ってしまったのかである。この話の方が怖い気がする。

 さて今年も多くの人に助けられて何とか無事に1年を過ごすことができました。心から感謝を申し上げます。よく養老孟さんのテレビを見ることがありますが、負けてられない気がする。飽くなき好奇心には頭が下がります。そしてふと思いついた。私も来年こそ子どもたちの中に入ってお山の大将をやるぞ!。そういえば年長担任の保育者が集まって、来年早々に始まる「サバイバル」の愉快な乗り物を作って、きゃきゃと騒いでいた。工作の好きな教師がいるとほんとに楽しい。子どもたちも楽しみにしてほしい。

 コロナウイルスに負けないで元気に来年も楽しもう!!

能登半島

   能登半島でM7の巨大地震があるなんて夢想だにしなかった。正月に「昨日と同じ朝が来る」なんて不謹慎なことをかいてしまった。まさかそのあとで能登半島に大きな地震が来るなんて悔やみきれない。今日時点で死者数が202人となった。行方不明者がその200人を超えている。これからまだまだ...