2021年4月13日火曜日

新しいお友達

  入園式が終わって今日から新しいお友達が来園している。広い園庭で手足をいっぱい伸ばして走り回るのもいい。あおば台には人口の川がある。早速水の中にダイブして遊んでいる子もいる。それは初めて幼稚園に来た子で、在園していた年中さんや年長さんはやらない。なぜ子どもは水の中が好きなのだろうか。もっとも昔から水と砂と太陽は子どものものだなどと言っていた人がいた。とても賑やかになって、幼稚園がまさに幼稚園らしくなってきた。子どもたちがここで好きなように自分の場所を見つけて、安心して自由に飛び回ってくれたらいい。それこそが幼稚園が幼稚園として発揮できることだから。

 年寄りにワクチンが回ってくるらしいけれど、まだ私のところへは何の便りもない。昨日から年寄りにというおふれだから、あと1か月ぐらいたたなければ現実化しないのだろう。このワクチンについてアストラゼネカという会社のワクチンは死者が出たという。他の2から3のメーカーも大丈夫なのだろうか。本来治験などというのは、何年間かの結果をもって製薬会社やそれに値する販売会社が世間に納得させてから販売するというのが一般的だが、今回はちょっと早すぎる。製薬会社を選定しているのもWHOだけれど、このWHOに資金を提供しているのがあのビル・ゲイツだ。

2021年4月7日水曜日

幼稚園が始まった

  入園式はまだやってないけれど、今日が始業日で卒園した年長さんを除いて全員が登園してきた。始業式を終了した後しばらくの間園庭を覗いていたり、砂場での子どもたちの会話を聞いていた。子どもたちの会話は明瞭には聞こえなかったけれども、言葉に力があるし雰囲気に熱を感じる。子どもの世界というか相対する会話に勢いがあって、たじろいだり否定的なものを感じることはない。いつでも前を向いていて強引なまでも積極的である。何といっても整然とはしていないがざわついているような中にあっても、永遠のエネルギーを感じることができることが素晴らしいではないか。

 ついこの前まで年中さんだった子たちが、しっかりと年長になるという意識をもってホールに並んで座っている様子を見ただけで彼らの思いが強く伝わってきた。この子たちのそういった意識がこの幼稚園を作ってきたのだということを強く感じる。また明日から幼稚園の生活が始まる。いろんなことを経験し、子どもたちの心に刻んで大人になるための糧にしてほしいものだ。

2021年3月31日水曜日

3月も今日で最後

  コロナ騒動は早くも1年を過ぎ、昨年の今頃は日本中が非常事態宣言に入って、疲れ果てた総理は菅官房長官にバトンタッチをして早々にコロナの現場から退散してしまった。このコロナは簡単には収まらないことを察知していたのだろうか。最初は中国武漢から感染者が出たということが大々的に報じられていたのに、時間とともにその話は消え去っていってしまってWHOが査察に入っても中国当局が取り仕切っていてうまく査察ができないでいる。そんな状況であったにもかかわらず、WHOの中間発表があった。その内容は中国当局の意に沿ったものであったという。ばかばかしい話だが国連などない方がよいのではないか。

 国連は無力であるということを知りながら、いつでも国連を頼りにしている日本。国連への主張などをしたりしても簡単に弾き飛ばされてしまう日本なのに、国連を維持する資金は参加国の中でも上位にいる。国連の事務員などの給料は大名並と言われている。国連を信頼できる組織にする重しになる国がないというのもおかしな話だ。ドイツと日本に対して敵国条項がまだ生きているのに、そして正義が行われない組織なのになぜ国連を頼っているのか凡人には分からない。国際組織というのは多かれ少なかれ腐敗の巣窟であると言われている。コロナ禍の中でもオリンピックをやり通そうというのにも組織の何らかの力が働いている。スポーツマンシップは当人たちだけの話で、組織は全く別の話だ。

 ところで安倍内閣が誕生したとき、なんとしてもこのデフレを克服するというのが最大のスローガンであった。そして3本の他矢の話をし一の矢、二の矢とか事細かく経済の立ち行く姿を解説していた。あれから10年近くなるのにこの現況をどのように解説するのだろうか。デフレを克服すると言いながら消費税を上げてしまったのはなぜなのか。消費を拡大しなければならない時に、冷や水を浴びせるような政策を進言した政府の経済顧問の罪は大きい。今からでも消費税を5%に落とし消費を拡大することをしなければこのまま日本の経済はしぼんでしまう。国民を幸せにする方法をよく考えて実行してほしいものだ。それについて国民はついていく。

2021年3月30日火曜日

程度が低くなった日本の官僚

  安倍さんの長く続いた政権が官僚を腐敗させた。それ以前は少なくとも政治家に媚を売り、あからさまに、国会で忖度した答弁はなかった。森友問題で国民を敵に回した官僚が平然として生きていかれるような見下げた国にしてしまった安倍政権。それを官房長官として傍らで見ていた菅さんが政権を引き継いだ。日本の国はよくならない。菅さんに至っては我が息子を総務省に引き合わせ、放送の利権の強い官僚と引き合わせている。そして菅総理いわく「息子と私は別人格だから」問題ないと言いたいのだろうか。そんなバカな話を堂々と言ってのけてしまうところにどうにもならない腐った人物像が垣間見える。一点のやましいところは全然ないと言ってお天道さまに申し訳が立つのだろうか。

 自民党が悪いのではなく、本人たちが悪いのだ。時代劇の映画に出れば極悪非道な人間でさらし首になってもおかしくはない。悪代官ばかりではないか。それらをさらし首にするのは自民党から出てこなくてはならないのに、彼らもまた国民の幸せを願う前に、大臣になりたい寄らば大樹の陰みたいのがうようよしている。だからと言って野党の皆さんに政権を取られたりしたら、それこそ国民を不幸のどん底にたたきつけることになる。聖人君子でなくても普通の羞恥心を持ってもらいたいものだ。ミャンマーのように命がけで普通の国にしようとしている人もいるというのに、日本の国の政治家はいったいどうなっているのだ。

 幼稚園では毎日のように預かり保育で園庭は子どもたちでいっぱいである。子どもたちの世界は子どもたちだけで成り立っている。鬼ごっこするのも、砂遊びをしていても、きちんと組織建て出来ているのだ。見ているととても楽しそうだ。保育者は3学期の実践記録の読み合わせで、どんな保育をしてきたのかを検討している。みんなよく書けていて保育がとても充実している。ありがたいものだ。

2021年3月25日木曜日

もう春休み

 今日からオリンピックのトーチが全国を回ることになっているが、果たして開催できるのか。日本ではやることになっていて盛り上がってもいない世論を懸命に盛り上げようと関係者が頑張っているようだ。いくら日本が「やる」と言っても、地球上のどれだけの国が参加することができるのか疑問である。ワクチンが地球上に出回って、国民が安心して飛行機に乗れる状態でないと、「やる」といった声だけが取り残されて虚しさだけが残るような結果になりはしないか危惧する。

森さんを組織の会長から何としても引きずり下ろしたいグループが、森会長の首を取ったように感じられるが、森さんと新しくなった橋本会長とは一枚岩である。橋本さんが参議院議員になった時の経緯を知っている人ならば橋本さんの後ろ盾には森さんがいることぐらい理解できるはずだ。もっとも森さんの人脈を残しておきたいといったところから考えると、ベストの人選かもしれない。

それはさておき、米国と中国が2x2の会談をアラスカだかカナダで行ったが、その時の実況をニュースで見たけれども、かなり激しいやり取りであった。中国はコロナウイルスで世界が疲弊したころに米国と会談をし、まったく後には引かないかなり強気の姿勢であった。中国が米国と同格かそれ以上と思った時に会談の火花は本物になっていくだろう。中華思想とは世界の覇権を中国が握るということだから、日本はどうすればよいのか。尖閣諸島どころではない沖縄まで中国の領土にされかねない。10年以内に大きな軍事的な衝突が起こる気がする。日本は戦わずして中国に屈服するかもしれない。憲法第9条第2項を削除して、日本が他国に攻められた時には相応の反撃をすることを明記して、しっかりとした日本の気概を示さなければならないだろう。そうでなければ子どもたちに何と説明するのか。日本男児は戦いを好まなかったからこうなったのだと後世に言い残すのか。他国に従属し奴隷のような姿を子どもたちに残してよいわけはない。とは言え現在の外交は殆どが米国に従属しているけれど。

2021年2月16日火曜日

両園ともに発表会が終了した

  年長さんはある程度やってくれるだろうなと思って送り出すことができるけれど、年中の場合はどこにどんなものが潜んでいるかがわからないので、始まるまでは不安と期待でいっぱいである。うまく舞台に上がれるかとか、舞台に上がったところで自分のセリフが言えるのだろうかなどと、いらぬ心配があるけれど、見事にそんなつまらない心配を吹っ飛ばしてくれた。舞台に上がるだけでもかなりの葛藤があると思っているのだが、案外子どもたちの中では払拭されているということが分かった。とはいえ毎年同じことで心配している。

 年長さんは、劇をやる仲間が決定し劇の内容を理解すると覚えるのは早い。劇の脚本の良し悪しでうまく流れるかどうかが決まるので、教師の力量に左右されることは大である。といってもプロの脚本家ではないので、教師も手探りの状態でうまく流れて子どもたちに満足を与えられるかどうかが心配のしどころである。幼児期の劇遊びは難しいと言われている。だから劇をとる発表会は意外と珍しい。それは発達の中で客観して物事を見つめる能力がまだ備わっていないからだ。それは正しいと思うが、私が目指しているのは、そのようなプロの目線ではなく、劇遊びの中で対人との関わりを通して、相手の考え方を少しでも感じ取れればいいと思っている。劇の指導はそれが中心となっている。だから振り付けなどの指導は殆どない。

 オリンピック大会長の人選が難航しているようだ。マスコミが徹底して煽っていて森会長を下したが、そのあとは考えていない。橋本聖子五輪大臣の名前が取りざたされているけれど、橋本さんは森総理だったか幹事長の時の子飼いだったのではないか。その人が森会長の後継者などなれるはずがないじゃないか。橋本さんもその辺のところは承知しているから固辞するのは見えている。JOCの委員長がなったらいいのではないか。マスコミは火をふったけても収めることができない。普通はマッチポンプと言って、火をつけたら消すこともするものだ。なぜオリンピックを辞めるとマスコミ各社が言わないか。スポンサー契約をしているからだ。本来中立的な報道ができないから、スポンサー契約はしないものだが、東京大会だけは別らしい。オリンピックが中止になったら莫大な損失を生むだろうから大変だ。彼らも普通の人間だ。ずるい!

2021年2月13日土曜日

権力者の傲り

  阿部政権の時の財務省幹部による議事録改ざん問題や桜を見る会など疑惑だらけであるけれど、疑惑が解明したことはない。中でも許せないのが財務省の佐川という役人。改ざんしたものはシュレッダーに入れてしまって跡形もないというけれど、誰かがこっそり持っていてあと何年かたったころに祥子がふと出て来るなんてことはよくある話だ。それまで毎日震えて怯えて暮らすことも多少の罪の償いになるかもしれない。公務員の犯罪だから、国民の敵になったことは自分自身でもよく分かっているだろう。それにしてもこの件についてはマスコミのあきらめが良いことも不思議な一幕だ。森友問題は全く腑に落ちない幕引きである。脛に傷あるものは口をつぐんだままだ。

 国会議員の大衆を意識しない行動がよくニュースになっているけれど、みんな往生際が悪い。緊急事態宣言は政府が発令したにもかかわらず、政府の要人が会食したり銀座へ飲みに行ったり、選挙違反に問われた夫婦の国会議員もニュースになった。裁判が終わるまでは被告人のままで罪状がつかないからなのか議員を辞退する気がさらさらない。その間税金が支払われている。国会議員を縛り上げる法律を作らないと、国民が食われてしまう。日韓議連の幹事長をしているそうな河村衆議院議員が韓国へ行くそうだ。このご時世で韓国へ行って何を話してくるというのだ。パフォーマンスだけで何の進展もないだろうと思っているし何も望んではいない。後ろにいる人物が絶対に表に顔を表さないというのが苦々しい。国民は分かっているのに平気な顔をして記者会見などをしている。とんでもなく腹黒い。

  今の自民党ではだめだと思うけれど、それではだれがとなると野党ではこの国は収められないし、政治家貧弱な国だ。私も自民党本部に出入りしていた時に「どうすればこの国をよくできるか」というテーマ―で真面目に議論した時があったが、この時に自民党本部の職員が「自民党のみの立候補者になると必ず自民党は割れるからそうすれば落ち着いたいい政治ができる」と発言した人がいた。確かに今の野党には自民党からの離党者が結構の数在籍している。だが政治は後退している。政治が悪いのはその国の国民の質によるからだとよく言われもしている。

 森さんの女性蔑視発言と言われている件については、私は意図的にあの人が女性を普段から蔑視しているとは到底思えない。日本の最高権力者まで上り詰めた人だから女性蔑視ではなくて国民を少し甘く見ているのだろう。今の自民党政権を見てみればその延長戦にあることなのだということがわかる。日本国民はジェンダーに甘いとか言われているけれど、どこの国が素晴らしいモデルになりえるというのだろうか。EUのどの国を指しているのだろうか。日本の国は家長制度で封建制をとってきた長い歴史がある。それはそれでよいところもあるし悪いところもある。この問題をバタフライ効果と呼んだ経済学者がいる。学のある人はうまいことを言う。アマゾンの蝶々が羽を合わせる程度の振動で、やがて日本まで届くというようなことだ。

能登半島

   能登半島でM7の巨大地震があるなんて夢想だにしなかった。正月に「昨日と同じ朝が来る」なんて不謹慎なことをかいてしまった。まさかそのあとで能登半島に大きな地震が来るなんて悔やみきれない。今日時点で死者数が202人となった。行方不明者がその200人を超えている。これからまだまだ...