2022年10月5日水曜日

幼稚園バスの事故

   幼稚園バスで子供を置き忘れ残された子供が熱中症で亡くなったと言う痛ましい事故があった。即座に子ども庁の方で送迎バスに安全装置をつけることを義務付けると言う措置が検討されている。即座にと言うのは担当している係官のパフォーマンスで、問題を拗らせてしまわないためだ。いつでも問題が起こると、機械化されたものを導入したがるけれど、幼稚園や保育所など幼児施設を運営している所で特に幼児バスで送迎しているところでは、園児の乗降については細心の注意を払って行うのは常識です。この場合は万が一の失態ですが、それを他の幼児施設に押し付けて問題解決を図ろうとする無策には腹が立ちます。この事故は幼児の安全を願うものとしての注意事項の初歩の初歩で、亡くなった家族の無念さを思うと言葉がありません。幼児教育の基本は、利便性ではなく多少時間がかかろうが丁寧に人が人と接することであるから、手抜きは敵である。

 幼稚園では「新米会食」が行われた。毎日ご飯が食べられるのはお百姓さんがお米や麦と言うパンになる材料を作ってくれるから食べられるのだから、お百姓さんにありがとうを言ってから「いただきます」を言って食べよう。とお話をして食べ始める。私がまだ足腰がしっかりしていた頃は薪でご飯を炊いて、おかずは大根の漬物二切れと味噌汁はじゃがいもとワカメと決まっていた。ごはんが美味しいし味噌汁も美味しいからそれだけでも子供たちのおかわりの列は長蛇の列だった。そんな子ども達と一緒に生活しているのが楽しかった。

2022年10月3日月曜日

初等学部で二学期が始まる

  この学校は世界一素晴らしい学校にしたくて作られた学校だけれど、原作の本とは少しばかり思うようにいかないところがある。思うようにいかないと考えているのは経営している側の話で、子どもたちにとっては世界一楽しい学校だろう。子どもたち一人ひとりが自分を生きることに懸命になっている。他人の嫌がることは絶対するな、大人になったら多くの人から嫌がらせを受けるから、自分を大切にするように相手も大切にしなさい。これが私の口癖だ。何よよりもみんなが幸せに生きることが最大の目標だ。それ以外は大したものは人生にはない。

 子どもたちの、子どもたちによる、子どもたちのための集会が行われた。何が議題に上がっているのかというと、①総会を集会と改名する ②ブランコの立ち乗りは何年生からとするか③中庭の植木のあるところを走ってもよいのか ④喧嘩をしたらどうしたらよいのかである。ブランコについて決まったことは、4年生から立ち乗りは良しとする。その理由は身体の成長などによる。注意として高学年は気を付けてブランコ遊びをすること。ちなみにあおば台幼稚園では規制がない。どんな乗り方でもよいことになっている。次に中庭を走ってもよいかというところでは、インターロッキング以外のところでは外靴を使う。とある。次に喧嘩が起きてしまったらどうするかというところでは、周りの人と話し合ってみようとなっている。とてもスリム化されている結果であるが、子どもたちはくどい議論は好まないし、結果として楽しくやろうというのが見て取れる。とても良いことだ。児童会の会長はずっと女性だから争いを好まない素晴らしい結論を出す。とても素晴らしい。素晴らしい学校は子どもたちが作るのだ。

 縄文時代と弥生時代の日本人の頭蓋骨の作りが違うと言われて、DNAの解析で第一人者と言われている斎藤成也先生(国立遺伝学研究所特任教授)の話を聴いた。驚いたことに日本人起源説には中国も韓国も全く関係なく日本人は独自のDNAを持っているということでした。それでは日本人はどこから来たのでしょうか。これが分かれば日本史ももっと深く理解することができるかもしれません。

 子どもたちはDNAやゲノムなどと言ってもあまり興味を示さないかもしれないけれど、宇宙の話なら晴れた日には星空を眺めたりするだろうから、宇宙の話をしようと思っている。最近になって地球は最初から水分を含んでいたなどの論文が出たというから、そんな話も面白い。子どもたちと話が盛り上がったらJAXAに連れて行って話を伺ってもいいではないか。

2022年9月30日金曜日

大東亜戦争の処理

  この戦争は連合国側の覇権戦争で、アジアを植民地にしたいという米国や欧州の魂胆であった。GHQが焚書とした戦前、戦中の本には東南アジアの人々に対する列強の人を人とも思わない奴隷のような使い方に日本人が憤慨している本がある。フィリピンは米国がオランダから奪ったものだし同じくインドネシアは戦後日本人が残ってオランダから独立したものだ。シンガポールは英国が管理していたところだが、ここにはいろいろな植民地から連れてきた人たちを住まわせていた。ほとんどが奴隷である。インドシナ半島はフランスが統治していたが、戦後独立運動によって現在のアセアン諸国が生まれた。日本が考えていた南洋諸国解放について書かれている戦前に書かれた「国防国家」という本があるので少し紹介しておきたい。

 例えば、近頃問題になっている南方を考えてみる。ニューギニアはオランダ領だけでも40万平方キロメートル、ちょうど日本の面積よりやや大きいくらいであるが、人口はわずか2,3十万しかいない。しかもその地の大部分は未開拓で土着民は以前たる原始生活を営み、数百年間ただオランダのためのみに働いているに過ぎない。ゴムを作っては米国の自動車工業のために奉仕しているに過ぎない。土着民自体の向上ということは全く顧みられぬのである。(間有)しかるにニューギニアにおけるオランダの統治ごときは、まったくニューギニア自体のためには何一つ貢献していないばかりか、彼らはニューギニアをただ自国のために利用しているにすぎないのである。こうした関係が正しくないことは論を待たない。ニューギニアの点さんを利用するのもいい。しかしそれによってニューギニア自体も繁栄しうるような方策で利用するのでなければならぬ。こうした関係に入ってこなければ世界各国が等しくその所を得て生活するということはできないのである。(世界再建と国防国家・抜粋・昭和15年11月10日陸軍少佐鈴木庫三監修)

 東南アジア諸国を旅行してみると英米が通った後には必ずと言ってよいほど日本軍の非道をパノラマ化したものが展示されている。これは何のことはない英米軍が現地の人々をむさぼった姿なのである。シンガポールにもあるけれど、戦後に米国のやり方で出来上がった物である。そうでなければGHQが日本を統治していることとギャップができてしまって、米軍の言っていることは嘘だということがばれてしまうから、わざわざ海外にまで足を延ばして悪口をねつ造したものだ。GHQが日本政府にプレスコード(米国の悪口は書いてはならない、米国兵の犯罪を書いてはならない)を仕掛けたことなどが表に出てしまうことを恐れたからに他ならない。それに味を占めた韓国が、ねつ造したものを日本に押し付けて金をむさぼり取っている。それもこれもサンフランシスコ条約で米国の犬となった吉田茂に、重大な責任がある。そういえばその人は国葬第一号だ。その時のものと沖縄地位協定が似ているから、志のある政治家がなんとか日本をまともな独立国家にしてほしいのだ。

 第二次世界大戦と言われているのは、日本の軍人たちの暴走で始まったことではない。何とかして日本から最初に手を出させて、正義の戦争としてプロパガンダを生かせたい米国による悪だくみから始まったのだ。真珠湾攻撃があった時、ときの大統領アイゼンハワーは小躍りして喜んだというではないか。日本が悪い国だから戦争を仕掛けたのではない。米国をはじめとする欧州帝国の利権を守るために彼らに仕組まれた戦いで、日本は大東亜を解放するために立ち上がったのだ。-----書き出すと止まらない。


2022年9月29日木曜日

戊辰戦争最後の闘い

  最後の戦いは函館の五稜郭である。五稜郭での生々しくも凄絶な戦いを書き表した歴史小説はない。時の官軍が書き残すことをためらったのではないか。明治維新は薩長土肥によって成し遂げられたということは歴史書にもあるけれど、これは戦争だからきれいごとばかりではない。白虎隊で有名な会津藩や最後まで戦い抜くという米沢藩の現在の地元の人たちには官軍の評判は非常に悪い。それは日本人同士でありながら武士道に悖(もと)る戦い方をして、あまりにも礼儀に欠ける官軍の戦いだったからである。司馬遼太郎の小説で幕末を感じていたら大きな間違いである。あれは歴史小説の様で時代劇の私小説である。当時小栗忠順という人物が幕閣にいたが、この人は今でいう大蔵大臣や外務大臣、警視総監を一手に引き受けて幕府のために働いていたけれど、官軍が江戸に近づいてくるときに海からの艦砲射撃と陸軍による迎撃作戦を将軍に申し上げたところ、却下された挙句首になってしまった。米国との不平等条約を正そうと動いていた頭脳明晰な武士であった。残念なことにこの人は土佐の当時16か17ぐらいの土佐の百姓侍にいとも簡単に殺されてしまった。

 徳川慶喜については大阪から江戸に逃げ帰ってしまったことに様々なことを言われているけれど、幕府が負けるような戦いではなかった。一緒にいた松平容保も何故大阪から江戸に帰ってきてしまったのか、将軍の言葉を言ってはいない。日本の侍をおさめる器量に欠けていたのだろう。時代の流れは薩長土肥によって時代を変えなくとも、外国船が日本近海をうようよしていたので、開国をしなければならなかったろう。開国と書いたけれども、日本は対外的に鎖国をしているといったことはなく、外国の船を受け入れていた。そもそもポルトガルやオランダの商戦が、日本人をさらって船底へ押し込めて人身売買をしたことに、ときの太閤秀吉が怒ってオランダ人宣教師を殺し、外国商船を一つの港に決めたことから鎖国なんて言われているけれど、太閤秀吉は立派だった。

 五稜郭は幕府軍最後の戦いとなったが、官軍は武士道を重んじるものは少なく、五稜郭の中は屍を埋められることもなく野ざらしにされていたという。戊辰戦争はこれで終わったが、薩長土肥のやり方には批判があったが勝てば官軍である。幕府側の有能な人材を残すことができたなら、もっと素晴らしい明治維新ができたかもしれない。

2022年9月28日水曜日

日本の歴史の中で

  日本の歴史の中で私たちが学んだ歴史は本当に真実なのかが疑わしい。勝てば官軍と言われるように、その都度戦があってそのたびごとに歴史が塗り替えられていたのではないか。新しいところでは、戦後の歴史の中で日本が独立し連合国から離れたのは事実かというとそうではない。私は戦後生まれで私が生まれて間もなくしてサンフランシスコ条約によって日本は国連入りしたが、これには絶対に密約がある。国民には当然知らせられてはいない。その時の張本人は吉田茂だ。政治家の国葬第1号である。今回の国葬第2号になった安倍晋三元総理は財務省の改ざんを許した人である。改ざんを許したというのは、日本の歴史を自分の手で書き換えてしまったということだから、大罪を犯した人である。国民の敵であるにもかかわらず国葬という何という茶番であろうか。私は共産党ではないから旗をもって国会まで言って抗議はしないけれど、ある程度の常識を心得ているからである。忖度ばかりしている意気地のない政治家ばかりだ。何と嘆かわしい。これからの歴史の汚点として残るだろう。

 なぜサンフランシスコ条約が密約だと断言できるのか。沖縄が日本に帰属したのはそのあとだけれども、当時の佐藤総理は非核三原則を謳ってノーベル平和賞を受賞されているが、当時の日本の文化人は「ブラックジョークだ」と言って笑い飛ばしていたけれども、私にはその意味が分からなかった。ずっと後になってその意味が分かった。日本には核搭載可能な原子力空母が入ってきているし核搭載可能な戦闘機もある。その方が日本を本気で守るという意思表示にもなるからそれでいいと思っているけれども、なぜ政治家は国民に真実を話さないのか。沖縄との地位協定を読んでみると「これが独立国家なのか」と憤慨したくなる。沖縄が怒るのもよくわかるが辺野古反対には私は反対だ。日本はサンフランシスコ条約で真に独立していない。他国の軍隊が首都圏に基地を持っているなんて、馬鹿にするにもほどがある。

 明治維新をもてはやしているけれど、幕府軍にはすごい能力のあった人が多かった。多少函館戦争(戊辰戦争)で榎本武揚をはじめとして生き残ったが、その中に新撰組副隊長の土方歳三もいたはずだが、いまだにその行くへを知るものがいない。榎本武揚は昌平塾を出た立派な学者でもあったし、ポルトガルへ留学し日本では海洋法の第一人者でもあった。「人生を二度生きた男」という時代物の小説の主人公でもある。

 これを書き出したら止まらなくなるのでその続きは後で書くことにする。

 ふと寝床でくちづさんだ童謡があった。野口雨情の「七つの子」や作者不明で小さいころによく歌ってもらった歌だ。「あの子はだ~れ誰でしょね なんなんなつめの花の下 おにんぎょさ~んとあそんでる となりのみよちゃんじゃないでしょか」。こんな歌詞を書く人ってどんな人だろう。この上なく慈愛に満ち満ちた優しい言葉ではないか。あまったらしい詩を書くハイネでもこうは書けないだろうし、これは日本古来の子どもに対する感性なのだろう。「素晴らしい!」と唸ってしまった。「赤い靴」という歌もある。こんな優しい大人に囲まれていれば、子どもたちのこれからの人生をまちがうことがないだろう。

2022年9月18日日曜日

台風が来ているようだ

  台風が来ているようだ。かなり強い台風で宮崎県では一度も経験のない雨量だから気をつけてくださいと何度もテレビで言っていた。茨城県の中でも特に災害から逃れているのが土浦市だろう。こんな素晴らしい場所なのに人口は減りっぱなしだ。土浦には目玉になるようなものがないのかな。予科連は知っている人が少なくなってしまったし、宣伝したってあまり意味がない。土浦の花火だって、今年はやるようだけれども、本当はすごい花火大会だけれども宣伝効果があまり見慣れない。これから土浦は衰退の一途を辿っていくだけなのかな。この街をどうしたら良いのかビジョンが見えない。

 小学生や中学生は目的を持って勉強していることだと思うけれど、もちろん高校生もだ。目標があるから学習意欲が高まるともいえる。教養の積み重ねとして読書をすると言うようなゆとりのある生徒や学生はいないだろう。しかし勉強することはある目的のためにと言うより、自分の身につける内面へのアクセサリーと思っていたら学習することが楽しく楽しくなるだろうな。

 夜に強い台風が鹿児島に上陸したと7時のテレビで言っていた。自然の威力は頭で考えの及ぶようなものではないから、十分に気をつけて危険なことは是非やめてじっとしていてほしい。自然は強いから。 

                         

2022年9月16日金曜日

運動会がある

  運動会が10月にある。年長さんはやることが毎年決まっているのでそれほど悩むことはないけれど、年中さんは毎年違う。保育者の創造力が試される時だ。そんなプレシャーをかけると動けなくなってしまうかもしれないけれど、そんなことに無関心でマイペースでやる保育者もいるのではないか。何といっても今はとても園内は忙しい。

 そんな中でも、昨日は年長さんが初等学部へ行って幼小交流を楽しんできた。年長は到着したとたんにバッタ捕りを始めた子もいたらしく、それを見ていた初等学部の3年生以下だけれども優しく見守っていたらしい。何といっても初等学部の子たちは優しい子が多いから、幼稚園の子たちは居心地が良かったろうと思う。綱引きや幼稚園の子は保育者が作った通称「ノアの箱舟」に載って、山になっているところから滑らせて遊んだらしい。運動会の用意やらで忙しい保育者も子どもたちと一緒に楽しんだらしい。帰りのバスの中で半分以上の子が眠ってしまったというから、結構ダイナミックに遊んだのだろうな。

 あおば台の年中は美浦にあるちょっとした遊び場で恐竜の滑り台に乗って遊んできた。第二で高津の貝塚に行ったような趣旨のもとでちょっとした遠足に行った。第二では砂場で貝殻を発見したことからその場所が海だったのではないかということで高津の貝塚へ行ったのだが、今回はあおば台で恐竜の話をしても観たことがないから、恐竜は人気があるけれど半信半疑の子が多い。そこで茨城恐竜博物館に連れて行こうと思ったけれども、そこまでは遠いので帰りのバスに間に合わないので、ほんとに近くを探して美浦ということになった。バスから帰ってくるなり「楽しかったよー!」という楽しい声聞こえて嬉しかった。時間があったら是非本物の化石のある博物館へ連れて行ってやってください。

 安倍さんの国葬はやめた方がいい。エリザベス女王の国葬が英国で行われるが、なんとも見劣りするのは必然。あまりにも日本を安売りするようで全く看過できない。何故ごり押しして国葬にするのか。それこそ恥の上塗りではないか。安倍家でもやめてほしいのではないか。自民党の傲りであって国民とはかなり遊離している。それが分からないから国民のための国会議員であり自民党だとは言えないのではないか。くどい様だが自民党のためにもやめた方が良い。

   

能登半島

   能登半島でM7の巨大地震があるなんて夢想だにしなかった。正月に「昨日と同じ朝が来る」なんて不謹慎なことをかいてしまった。まさかそのあとで能登半島に大きな地震が来るなんて悔やみきれない。今日時点で死者数が202人となった。行方不明者がその200人を超えている。これからまだまだ...